アングストリンヌ(Angoustrine)

2025年8月1日(金)の最後、二番目に訪れたのはAngoustrine、Église Saint-André d’Angoustrineです。

ここは、後陣のフレスコ画が良いです。

2025年、教会はガイドツアーでのみ訪問できました。私は役場(mairie)に依頼してガイドツアーを予約しました。

目次

1. Angoustrine .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観 .
5. 内観 .

1. Angoustrine

アングストリンヌ(Angoustrine)は、1973年にヴィルヌーヴ=デ=ゼスカルド(Villeneuve-des-Escaldes)と合併してアングストリンヌ=ヴィルヌーヴ=デ=ゼスカルド(Angoustrine-Villeneuve-des-Escaldes)となりました。この村は、オクシタニー地域圏ピレネー=オリアンタル県にあり、県都であるペルピニャンの約75km西に位置します。

教会は、丘の中腹にあります。

東側遠景

後陣の盲アーチが美しい。

2. 概要

ガイドからリーフレットをもらいました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

旧サン=タンドレ教会(ancienne église Saint-André)は、11世紀から12世紀にかけて建てられたロマネスク様式の建築物である。

この後も、リーフレットを引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

リーフレットによる平面図です。東が上です。

リーフレットより

4. 外観

西に行きます。

南西側外観

南に行きます。

当初の平面図は、半円形の後陣へと続く単身廊の教会であった。17世紀に翼廊の役割を果たす二つの側礼拝室が設けられた。

南側外観

扉口近くの壁をよく見ると、浅い浮き彫りがいくつかあります。

こちらは、人物の顔が横になっています。

南壁

こちらも、人物の顔でしょうか。

南壁

扉口(12世紀)は、装飾を施した三つのアーキヴォルトと、彫刻が施された柱頭を持つ2本の柱で構成されている。

扉口

柱頭をみます。

左(西)側の柱頭

ガイドによると、扉口には花崗岩が使われています。

花崗岩は硬くて加工が難しいからでしょう、味わいのある素朴な彫刻になっています。

右(東)側の柱頭

5. 内観

教会の中に入ります。

身廊にて東を向く

ガイドによると、ここはバルセロナとカルカソンヌを結ぶ街道にあり、教会が建築された11世紀から12世紀の当時は、今よりずっと活気があったそうです。

教会を荘厳する備品も、たいへん豊かでした。

アングストリンヌ(Angoustrine)の教会備品の豊かさは、骨董商や個人収集家の欲望を掻き立てただけでなく、盗賊の欲望をも刺激した。こうして1975年から1980年の間に、旧教区教会とエンヴァルス礼拝堂(chapelle d’Envalls)に由来する三つの主要な作品が盗まれ、今日に至るまで行方不明のままである。

(1) 12世紀の「威厳あるキリスト像」(通称「Majestat d’Angoustrine」)
(2) 13世紀の天蓋付き祭壇画と「聖母子」
(3) 14世紀のロザリオの祭壇画の「聖母子」

12世紀の「威厳あるキリスト像」(リーフレットより)

盗難品たち、返して欲しいです。

13世紀の天蓋付き祭壇画と「聖母子」(リーフレットより)

私の目当ては、後陣の壁画です。

後陣に描かれた壁画は、ロマネスク様式の装飾が残す数少ない痕跡である。13世紀のものとされ、フレスコ技法(湿った漆喰への直接描画)によって制作された。

描かれているのは「最後の晩餐」の場面である。その上部には、福音書書記者を象徴する図柄に囲まれたマンドルラの中にキリストが描かれているが、非常に断片的な状態である。下部には、一連のアーチが並び、そこに1年の12か月を象徴する人物像が配置されている。

後陣

「最後の晩餐」(『マタイによる福音書』26章、『マルコによる福音書』14章、『ルカによる福音書』22章、『ヨハネによる福音書』13章)

後陣

12か月を寓意的に描いた部分では、1月と2月がわかりやすいです。

後陣

Église Saint-André d’Angoustrine。後陣のフレスコ画が良いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です