2025年5月15日(木)の最後、三番目に訪れたのはSaint-Céneri-le-Gérei、Église Saint-Céneriです。
この村は、私の好きな「フランスの最も美しい村」(Les plus beaux villages de France)のひとつです。教会は後陣、クワイヤ、鐘楼の完璧な均整が自然に風景と調和していて、まさにロマネスク様式の宝石です。
目次
1. Saint-Céneri-le-Gérei .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観 .
5. 内観 .
1. Saint-Céneri-le-Gérei
サン=セヌリ=ル=ジェルイ(Saint-Céneri-le-Gérei)は、ノルマンディー地域圏オルヌ県にある村で、県都アランソンの約10km南西にあります。
教会は、ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏サルト県との境界線上にあり、急峻な崖の上にあります。
サルト(Sarthe)川にかかる石橋から教会を望みます。
後陣、クワイヤ、鐘楼、、、完璧な均整が自然に風景と調和していて、まさにロマネスク様式の宝石です。

2. 概要
教会の中に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。
サン=セヌリ(Saint-Céneri)のロマネスク様式の教会は、1089年にジロワ(Giroie)家によって建設が開始された。この家系は村にその名を残している。「ル=ジェルイ(le-Gérei)」は「ジロワ(Giroie)」に由来する。
この場所には、メロヴィング朝時代(481-751年)あるいは、より可能性が高いカロリング朝時代(751-987年)の石棺が数多く埋葬されていた。
おそらくサン・マルタン=デュ=モン=ロシュー(St Martin-du-Mont-Rocheux)に捧げられた教会(おそらく木造)が、聖セレニクス(Saint Céneri)の生涯の終わり頃(670年頃)にこの地に建てられ、903年にノルマン人によって破壊された。
11世紀、教会は交差部、翼廊、二つの小後陣、クワイヤと主後陣のみで構成されていた。
12世紀に鐘楼(重厚でありながら非常に優雅)と身廊が建設された。
14世紀末に翼廊にゴシック様式の窓が設けられ、身廊の側壁にはバットレスが追加された。
19世紀には、クワイヤの二つのロマネスク様式の窓と身廊の六つの窓が壁で塞がれ、大きなネオ・ゴシック様式の窓に置き換えられた。現在、元の状態に戻されているのは身廊の窓のみである。
教会内部では、まず身廊の壁とクワイヤの壁の対照が目を引く。クワイヤの壁は14~15世紀のフレスコ画で覆われており、最古のものは12世紀に遡る。
1650年に覆い隠されたこれらの壁画は、1828年に漆喰の下から発見された。鑑賞できるものは以下の通りである。
- ギリシャ十字を掲げた飛翔の天使
- 40人の人物を覆うマントをまとった聖母
- 栄光の聖セレニクス(Saint Céneri)、戴冠の聖母
- 威厳に満ちたキリスト
- 教皇ウルバヌス5世の紋章
- 魂の計量など
これら全ての絵画(四本の柱の絵を含む)は2006年に補強・修復された。
1980年代に漆喰が除去された木製の天井には、赤と黒の色調のアラベスク模様の中で40人の天使たちが音楽を奏でている姿が描かれている。
この後も、案内板を引用する時に太字で書きます。
3. 平面図
ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Normandie Romane』による平面図です。東が上です。

4. 外観
南に行きます。
交差部、翼廊、二つの小後陣、クワイヤと主後陣は11世紀に遡ります。
石積みが美しい。

5. 内観
教会の中に入ります。
身廊の交差部より広い部分は、「ベリー風(berrichons)」と呼ばれる通路で翼廊とつながっています。ベリー地方で多く見られるのでこの名前で呼ばれていますが、テニー(Tennie)など、ロワール川を下った流域でもみられます。

交差部の上に鐘楼があります。
でも、身廊の壁の延長線上にある柱ではなく、その内側にある柱が、鐘楼を支えています。

クワイヤの壁は14~15世紀のフレスコ画で覆われており、最古のものは12世紀に遡る。

12世紀に遡る絵画のひとつは、北小後陣にある栄光のキリスト像だと思います。

Église Saint-Céneri。後陣、クワイヤ、鐘楼の完璧な均整が自然に風景と調和していて、まさにロマネスク様式の宝石です。
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