サン・クガ・ダル・バリェス(Sant Cugat del Vallès)

2025年7月26日(土)、二番目に訪れたのはSant Cugat del Vallès、サン・クガ修道院(Monestir de Sant Cugat)です。

ここは、回廊が素晴らしいです。

2025年、修道院(回廊)は、以下の日程で開いていました。
6月1日から9月30日:火曜から土曜の10:30〜13:30と17:00〜20:00、日曜と祝日の10:30〜14:30
10月1日から5月31日:火曜から土曜の10:30〜13:30と16:00〜19:00、日曜と祝日の10:30〜14:30
ただし、月曜(祝日を除く)、12月25日と26日、1月1日と6日は閉まりました。
教会は、以下の日程に開いていました。
毎日7:00~13:00と17:00~21:00

目次

1. Sant Cugat del Vallès .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 内観(教会) .
5. 内観(回廊) .
6. 内観(初期キリスト教時代の教会) .
7. 外観(教会) .

1. Sant Cugat del Vallès

サン・クガ・ダル・バリェス(Sant Cugat del Vallès)は、カタルーニャ州バルセロナ県にあり、州都であり県都であるバルセロナの約10km北に位置します。

修道院は、町の中心にあります。

西側外観

2. 概要

教会の外に案内板がありました。また、公式ウェブサイトに歴史が紹介されていました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

サン・クガ修道院(Monestir de Sant Cugat)

初期キリスト教時代の教会
5~6世紀
修道院建設よりはるか昔、ローマ時代後期には、おそらくオクタヴィアヌムとして知られていたこの地は、既に周辺地域の拠点となっていた。
450年頃、要塞の建設が始まったが未完に終わった場所に、葬祭用の建物が建てられた。それは大きな長方形の身廊と、その内部に二つの墓がある側墓室で構成されていた。550年頃、この墓室を備えた建物は改築され、キリスト教の教会となった。

修道院の設立年は不明です。

修道院の創設時期は不明だが、その背景は明らかである。9世紀、フランク王国は領土統治と新たな社会秩序である封建制の価値観伝播の手段として、ベネディクト会修道院の創設を推進した。
サン・クガ(Sant Cugat)の最初の記録は878年に遡る。西フランク王ルイ2世(吃音王)がオクタヴィアヌムの地に位置するサン・クガ(Sant Cugat)とサン・フェリクス(Sant Fèlix)のドムス(修道院)をバルセロナ司教に確認したものである。これらの情報から、9世紀前半に司教区に属し聖ベネディクトの規則に従う、修道聖職者による共同体が創設されたことが推測される。

この後も、現地にあった案内板や公式ウェブサイトを引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

Románico Digital による平面図です。東が上です。

Románico Digital より

4. 内観(教会)

門を通り抜けると教会があり、教会の左(北)側に回廊があります。

教会
12~14世紀
この教会は修道院の中心建造物であった。修道士たちはここで聖ベネディクトの規則に定められた一日の八つの礼拝を執り行った。現存する教会はバシリカ式で、三つの身廊が半円形後陣で覆われている。元々のロマネスク様式はゴシック様式で改築された。その結果、12世紀後半のロマネスク様式の後陣、ロマネスクとゴシックの過渡期である13世紀に建設された東側の二つの柱間とドーム、そして14世紀後半にゴシック様式で建設された西側の柱間とファサードからなる建物となった。ファサードは扉口と大きなバラ窓を特徴とし、カタルーニャ・ゴシック芸術に典型的な簡素さと厳粛さが際立っている。

西側外観

教会の中に入ります。

現在の建物には、後陣と回廊にロマネスク建築が残っています。

身廊にて東を向く

5. 内観(回廊)

回廊に行きます。

この複合施設全体の中で、回廊は際立っている。修道院建築における中心空間であり、配給拠点、共同生活の場としても機能するこの空間は、柱頭彫刻によって象徴的かつ芸術的な次元に到達した。この事業は1190年頃、ギリェム・ダ・クララムン(Guillem de Claramunt)がその建設資金を遺言で残したことから始まった。

回廊(東ギャラリーと北ギャラリー)

彫刻家でありおそらく建築家でもあったアルナウ・カデイ(Arnau Cadell)の指導のもと、北・東・西ギャラリーの工事が開始された。南ギャラリーは教会の壁が先に完成する必要があったため、より長い時間を要した。南ギャラリーは彼の工房で訓練を受けた石工たち、すなわち彼のプロジェクトを継承した者たちの手によるものである。

カデイ(Cadell)は回廊内に自画像と作者銘を残しており、これは国内では特異かつ先駆的な行為であると同時に、彼の重要な地位にあったことを示している。

自画像と作者銘は、東ギャラリーにあります。

Arnau Cadellの自画像と作者銘

1221年に作成された彼の遺言書から、修道院が彼に金銭を借りていたこと(おそらく回廊工事によるもの)、そしてカデイ(Cadell)がこれを免除したことがわかる。

回廊には計144の柱頭が配され、ロマネスク彫刻の驚異的な集成を構成している。カデイ(Cadell)はジローナ大聖堂の回廊で既に試みていたトゥールーズ様式とルシヨン伝統様式を統合した様式を、サン・クガ(Sant Cugat)に適用した。これらの柱頭の意味解釈は、中世キリスト教世界の象徴と信仰への窓を開く。

回廊(北ギャラリー)

柱頭を五つご紹介します。

柱頭1:「受胎告知」(『ルカによる福音書』1章)

柱頭1

柱頭2:「東方三博士」(『マタイによる福音書』2章)

柱頭2

柱頭3:「獅子を裂くサムソン」(『士師記』14章)。

柱頭3

柱頭4:グリフォンのような生き物たちが彫られています。後ろ脚で立ちながら翼をくわえる様子は、セラボヌ(Serrabone)の回廊やギャラリーを思い出します。

柱頭4

柱頭5:修道士たち

修道士たち

6. 内観(初期キリスト教時代の教会)

回廊の中庭に、初期キリスト教時代の教会の遺構(5~6世紀)があります。

回廊にて北東を向く

後陣は内部は馬蹄形、外部は五角形を呈していた。

初期キリスト教時代の教会

周辺には墓地が形成され、他の建物も建てられた。

この教会は修道院時代である10世紀あるいは11世紀まで使用され続けたと考えられている。

また、ここは殉教者クガ(Cugat)の殉教地、あるいは遺骸の埋葬地であったとも考えられてきたが、現存する資料はこの説を支持していない。

7. 外観(教会)

外に出て、東に行きます。

南東側外観

三後陣は、持ち出しのある盲アーチと、半円形の付け柱があります。

東側外観

サン・クガ修道院(Monestir de Sant Cugat)。回廊が素晴らしいです。

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