ゲランド(Guérande)

2025年5月11日(日)の最後、三番目に訪れたのはGuérande、Collégiale Saint-Aubinです。

ここは、身廊の柱頭に見事な彫刻が施されています。

目次

1. Guérande .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 内観 .

1. Guérande

ゲランド(Guérande)は、ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏ロワール=アトランティック県にある町で、県都ナントの約65km西にあります。

城壁に囲まれたゲランドは、海まで広がる美しい風景を見渡せる丘の上に築かれた町です。かつては海が城壁に迫り、港は活気にあふれていました。当初は錫の輸送が、その後、周辺の塩田から採れた塩の輸送が盛んになりました。

教会(Collégiale Saint-Aubin)は、旧市街の中心にあります。

教会の前にあった案内板より

教会の西には飲食店が並び、名物のムール貝料理が提供されていました。

また、教会の周りには伝統的なフルール・ド・セル(塩の花)を売る店や、塩田見学ツアーの案内などがありました。

南側外観

2. 概要

教会の中に案内シートがありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

サントーバン・ド・ゲランド教会(Collégiale Saint-Aubin de Guérande)
この教会の起源はメロヴィング朝時代に遡るが、メロヴィング朝時代の教会も、カロリング朝時代に建て直された教会も、その痕跡はまったく残っていない。
この教会は、538年から550年までアンジェの司教を務めた聖アルビヌス(仏:Saint Aubin)を守護聖人としており、おそらく556年にその遺骨(現在は失われている)を受け取り、2014年に新たな遺骨を受け取った。聖アルビヌスはゲランド地方で生まれたという伝承がある。
別の伝承によると、857年から874年までブルターニュ王として君臨したソロモン王の主導により、この教会は律修司祭を擁する参事会教会となった。この参事会は1789年に廃止されたが、1889年に復活した。

全体像
この教会は、その大きさに圧倒されるような内部空間を持っている。長さ65メートルというその大きさは、ナント司教区で最も大きな宗教建築物のひとつとなっている。東端は堂々たるガラス張りの天井で覆われており、この空間は強い統一感を与えるが、実際には3回、19世紀後半に追加された石造りのアーチを含めると4回の建設工事を経て完成したものである。

この後も、案内シートを引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

案内シートによる平面図です。東が上です。

案内シートより

4. 内観

教会の中に入ります。

ロマネスク建築が残るのは、身廊だけです。

身廊
ゴシック様式の影響を受けた尖頭アーチが載るロマネスク様式の柱は、12世紀末に建てられたものである。北側の柱頭には見事な彫刻が施されており、当時ブルターニュ地方で制作された彫刻作品の中で最も重要なもののひとつである。これらは信徒を奮い立たせ、地獄を避けるための救済への努力を促す図像計画を体現している。悪魔的な存在、罪、そしてキリストが示した道を歩む者たちにとっての贖罪の確証である十字架上のキリストの死を想起させる殉教者たちが表現されている。

身廊にて東を向く

重厚な円柱と複合式の柱が並んでいます。こうした柱は、ペロス=ギレック(Perros-Guirec)の柱と似ています。

北側の2番目、3番目と4番目の柱の柱頭には、物語性のある場面が彫られています。

北側の2番目の柱

北側の2番目の柱をみます。

男性がのこぎりで処刑されているようです。使徒聖シモンかもしれません。

使徒聖シモン(熱心党のシモン)は、のこぎりで処刑されて殉教したという伝承があります。

北側の2番目の柱(南面)

東面では、ケンタウロスのような射手が弓矢を構えています。

北側の2番目の柱(東面)

北面には、さまざまな生き物たち。

北側の2番目の柱(北面)

西面では、男性が石を投げつけられているようです。

「聖ステファノの殉教」(『使徒言行録』7章)の場面かもしれません。

北側の2番目の柱(西面)
北側の3番目の柱

次に、北側の3番目の柱をみます。

逆立ちをする人物の両側に、道具を持つ2人の人物が彫られています。曲芸師(アクロバット)、踊り子や音楽家かもしれません。

北側の3番目の柱(南面)
北側の4番目の柱

最後に、北側の4番目の柱をみます。

南面では、男性が鞭で打たれているようです。

北側の4番目の柱(南面)

西面では、格子に横たわる男性が火であぶられているようです。ふいごを持つ2人の人物は、執行人でしょうか。

聖ラウレンティウスの殉教の場面かもしれません。

ヤコブス・デ・ウォラギネが書いた『黄金伝説』によると、聖ラウレンティウスはスペイン生まれの3世紀の殉教者です。生きながら鉄格子の上で火あぶりされて、執行人に「こちら側は焼けたから、もうひっくり返してもよい。」と伝えたといわれています。

北側の4番目の柱(西面)

Collégiale Saint-Aubin。身廊の柱頭に見事な彫刻が施されています。

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