ノガロ(Nogaro)

2025年8月17日(日)、二番目に訪れたのはNogaro、Collégiale Saint-Nicolas de Nogaroです。

ここは、北小後陣の壁画が素晴らしいです。北扉口や柱頭の彫刻も良いです。

2025年、教会は毎日昼休みなく開いていました。

目次

1. Nogaro .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(東側) .
5. 内観(身廊) .
6. 内観(後陣) .

1. Nogaro

ノガロ(Nogaro)は、オクシタニー地域圏ジェール県にあり、県都であるオーシュの約50km北西に位置します。

教会は、村の中心にあります。

北西側外観

2. 概要

教会の中にリーフレットがありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

1050年から1068年までオーシュ(Auch)の大司教を務めた聖オースティンド(saint Austinde)が建設を望み、1060年に彼自身によって奉献された。聖ニコラウスに捧げられ、聖母マリアの庇護下に置かれた。近隣の村サン=グリエード(Saint-Griède)産の石を用いて建てられ、今日でも当初のロマネスク様式の風貌を保っている。後陣と小後陣の間に設けられた、あるいは設けられる予定だった螺旋階段からは、この教会がおそらく要塞化されていたことがうかがえる。

時の経過や戦争により、破壊や改築が繰り返された。1569年、モンゴメリーとその軍勢が教会を襲撃し、柱が倒され、アーチが甚大な被害を受けたが、1662年に再建された。

1793年、フランス革命により国営倉庫へと転用され、石炭が貯蔵された。

1862年、西側に1柱間を拡張し、現在の鐘楼が建てられた。

この後も、リーフレットを引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

リーフレットによる平面図です。東が上です。

リーフレットより

黒色:ロマネスク時代
斜線:後代
白色:19世紀

4. 外観

東に行きます。

北東側外観

数世紀にわたって大幅に改築されてきた建築様式のうち、注目すべき点は以下である:

・後陣には、幻想的な生き物が彫られた持ち送りが残っているが、一部が損なわれている。
・北扉口には、四福音書記者の象徴に囲まれた「栄光のキリスト」を描いたティンパヌム、尾を掴む魚のセイレーンとしゃがんだ老人を表現した二つのコンソールがある。
・教会の南側、旧墓地には、回廊の遺構(半円アーチと、柱に精巧に彫刻された柱頭)が残っている。

北扉口もかなり損なわれていますが、素晴らしい彫刻だったことがうかがえます。

北扉口

5. 内観(身廊)

教会の中に入ります。

身廊にて東を向く

身廊
柱やヴォールトの多様な形状は、1569年の宗教戦争の際に受けた深刻な被害を物語っている。
教会の装飾には、モワサック(Moissac)、トゥールーズのサン=セルナン(Saint-Sernin de Toulouse)やサンティアゴ・デ・コンポステーラの影響が見られる。

身廊の柱頭は、モワサック(Moissac)を思い出します。

身廊の柱頭

6. 内観(後陣)

東に行きます。

後陣
主後陣と二つの小後陣がある。

主後陣は6本の小柱と五つのロマネスク様式のアーチで覆われており、柱頭に刻まれた以下の図柄が特徴的である:

・アカンサスの葉と絡み合う植物
・ケンタウロスと、ライオンにまたがる人物たち
・「獅子の穴の中のダニエル」
・ダビデと楽士たち
・「エリコに入るイエス」(いちじく桑の木に登ったザアカイが確認できる)
・おそらく、二人の漁師に囲まれたイエス

ちなみに、ゾディアック(Zodiaque)la nuit des temps『Gascogne romane』には「18世紀に、クワイヤを設置するため、主後陣を飾っていたアーチ列が破壊された。19世紀には逆に、ロマネスク様式の姿に復元することが決定された。1860年から1865年頃にかけて、 主後陣のアーチ列が修復され、柱頭が再造された。」と書かれています。

三後陣

北および南の小後陣:
修復作業により、極めて稀有な中世の壁画が発見された。それらは以下を描いている:

・北小後陣には、聖ラウレンティウスの生涯
・南小後陣には、四福音書の著者の象徴に囲まれた威厳あるキリストおよび黙示録の著者とされる聖ヨハネと思われる人物

北小後陣の壁画をみます。

この後は、北小後陣にあった案内掲示を引用する時に太字で書きます。

1995年、この小後陣の修復工事の際に発見されたこれらのロマネスク様式の壁画は極めて貴重であり、現時点でジェール県で最も重要なものである。

壁画は、ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』(13世紀)よりも古いものだが、壁画の図像は同書と整合している。

壁画は、教皇シクストゥス2世の助祭であり、258年にデキウス帝の治世下でローマにて殉教した聖ラウレンティウスの生涯を描いている。

連作は、ラウレンティウスがデキウスにキリスト教徒の群衆を差し出す左上の場面から始まる。皇帝はラウレンティウスに対し、聖シクストゥスから受け継いだ教会の財宝を3日以内に引き渡すよう命じていた。

そこでラウレンティウスは貧しい者や病人を集め、それらを教会の財宝としてデキウスに差し出した。注目すべきは、群衆を率いているのがサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼者である点である。彼らは杖と、女性が頭飾りに付けている貝殻で識別できる。

北小後陣の壁画

聖人の最初の拷問は、その直後に始まる。デキウスの手振りで命じられると、ラウレンティウスは裸で地面に倒れ、男と女から棒で激しく殴打される。

北小後陣の壁画

アーチの垂れ下がり部分では、ラウレンティウスがロマヌスという名の兵士に洗礼を授けている。彼は、自分の足元に裸でしゃがみ込む兵士の頭に水を注いでいる。

北小後陣の壁画

その後、上段の右端でラウレンティウスが逮捕され、下段は主に牢獄の場面が展開されます。

Collégiale Saint-Nicolas de Nogaro。北小後陣の壁画が素晴らしいです。北扉口や柱頭の彫刻も良いです。

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