ヴァレン(Varen)

2025年8月11日(月)、最初に訪れたのはVaren、Église Saint-Pierre de Varenです。

ここは、ロマネスク時代としては極めて稀な設計です。美しい柱頭によって建築の変遷をうかがうことができます。

2025年、教会は毎日昼休みなく開いていました。

目次

1. Varen .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観 .
5. 内観 .

1. Varen

ヴァレン(Varen)は、オクシタニー地域圏タルヌ=エ=ガロンヌ県にあり、県都であるモントーバンの約45km北東に位置します。

教会は、村の中心にあります。

南西側外観

2. 概要

教会の外に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

ヴァレン(Varen)は、アキテーヌ公ロベール(敬虔王)の治世に文書に登場し、トゥールーズの貴婦人ガルシンデ(Garsinde)の所有地の一部であった。彼女は972年にこの地をオーリヤック修道院(abbaye d’Aurillac)に寄進し、同修道院はその後、ここにベネディクト会修道院を設立することを決定した。

現在の建物は1050年から1100年の間に建設され、ルエルグ地方のロマネスク様式に典型的な柱頭で装飾されたこの教会には、もはや伝統的な後陣は残っていない。後陣は破壊され、ゴシック時代に三連窓が開けられた壁に置き換えられた。

これを読むと、東側に主後陣があったように読めます。しかし、『Haut-Languedoc roman』によると、ロマネスク時代の主後陣は西側にありました。

聖母マリアと聖ペトロに捧げられていた修道院の教会は現在、教区教会となっている。その北側には、1812年に取り壊された旧サン・セルジュ教区教会の跡が見られる。

かつてはさらに広大だったこの建造物の規模は、小さな共同体にとっては驚くべきものであり、1046年に言及されている聖セルジオの遺骸をめぐる巡礼が存在したことを示している。しかし、その巡礼はあまり成功せず、その野心から残されたのは、かつて壁画に彩られていた美しい教会であり、初期の主要なロマネスク様式の建築物のひとつに数えられている。

この後は、(Zodiaque) la nuit des temps『Haut-Languedoc roman』を引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

(Zodiaque) la nuit des temps『Haut-Languedoc roman』による平面図です。東が上です。

『Haut-Languedoc roman』より

4. 外観

東に行きます。

現在、半円形の小後陣が二つあり、主後陣は平らになっています。

もともと、鐘楼の下の空間はポーチであり、教会は西向きであった。

クワイヤを照らす東側の三連窓は、14世紀にロマネスク様式の扉口を塞いで築かれた壁に開けられている。その扉口の柱頭は最近再発見されたばかりだ。

北東側外観

三連窓の両側に柱頭があります。

主後陣の三連窓

これらは、かつてこの場所にあった扉口の柱頭だと思います。

ドラゴンを倒す聖ミカエル。

柱頭

獅子を裂くサムソン(『士師記』14章)、グリフォン。

柱頭

半円形の南北小後陣には、採光窓があります。画像を編集し、赤い丸で示しました。

これらの採光窓は地下聖堂用だと思います。

東側外観

教会の特異な構造について、その歴史の概略を交えて説明する。

外側から後陣を見ると、それが二つの半円形の小塔で守られた、小さな石積みの古い壁に支えられていることがわかる。これはかつての城壁の下部であり、教会の東側の土台として用いられていた。これは、側廊の壁の下部に見られるものと同様の乱石積みで建設が開始されたもので、おそらく11世紀前半、あるいは同世紀半ば頃のことである。

11世紀後半から12世紀初頭にかけて、柱頭の研究から確認できるように、小塔の下部は礼拝室(いわゆる「疑似地下聖堂」)へと改築され、その上に小後陣が完成した。切石で造られたポーチ塔の下部が、彫刻が施された柱頭の装飾とともに建設され、二つの小後陣の間に東側の扉口も設けられた。

こうして、東側に位置する扉口が二つの小後陣に挟まれた、西向きの教会が採用されたのである。この設計は、ロマネスク時代としては極めて稀ではあるものの、決して唯一無二のものではない。ルシヨン地方のアルル=シュル=テク(Arles-sur-Tech)にある修道院教会は、10世紀前半に着工されたもので、やや類似した配置を示しているからだ。そこには、二つの塔に挟まれた東側の門塔を持つカロリング朝様式の設計を、かすかに彷彿とさせるものが見られる。

5. 内観

教会の中に入ります。

地下聖堂は、公開されていないようでした。

身廊にて東を向く

塔の下部が建設されるのと同時に、身廊の建設も始まった。この時期に建てられたのが、角が小柱で囲まれた最後の柱である。身廊の支柱には、玄関の装飾と調和した彫刻装飾が施される予定であったことは間違いない。しかし、当時完成したのは塔のアーチと身廊の最下部の柱だけであり、その後、建設は中断された。

工事が再開された際、大幅な変更が行われた。

簡素化を図るため、身廊の柱の設計が変更された。

この変更は、先述の通り十字形のデザインを持つ最後から2番目の柱に見られる。

その直後、最も単純な設計、すなわち長方形の柱が採用された。ただ、鋭角と鈍角を交互に配置することで、ある程度の変化が加えられた。大きなアーチについては、極めて単純な方法で、均一に下まで延ばされた。

北側廊にて南東を向く

また、西側の後陣の形状も簡素化することが決定されたようだ。身廊の奥の壁を、集落の新しい囲い壁に接合させるだけで済ませた。こうして教会は平らな後陣を持つことになった。

ゴシック時代になると、通常の向きに戻されることになった。ロマネスク様式の扉口は塞がれた。ポーチはクワイヤへと改築された。祭壇を照らすため、適切な高さに三連窓が開けられた。しかし、城壁の存在により、長い間西側に扉口を開けることはできなかった。

身廊へのアクセスは、北側と南側にある扉口を通じて行われていた。現在の西扉口が設けられたのは、その場所の堀が埋められ、要塞が取り壊された後の1812年になってからのことである。

柱頭をみます。

11世紀から12世紀にかけての装飾の変化を確認することができます。

こちらは、小後陣の柱頭で、最も古いものだと思います。

柱頭

その後、美しい作品が次々と彫られたようです。

柱頭

後ろ足に立ち、植物と絡み合う四足獣たち。

柱頭

十字形の樹木に松ぼっくり、その両側に動物。

コリント式の特徴である渦巻き模様が、重荷のように、動物たちの上にあります。

柱頭

こちらでは動物たちが人物たちに。

柱頭

こちらでは、コリント式の特徴である渦巻き模様がなく、天使たちが胸をはって立ち上がっています。

柱頭

Église Saint-Pierre de Varen。ロマネスク時代としては極めて稀な設計です。美しい柱頭によって建築の変遷をうかがうことができます。

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