2025年8月9日(土)、唯一訪れたのはConques、Abbatiale Sainte-Foy de Conquesです。
この村は「フランスの最も美しい村」(Les plus beaux villages de France)のひとつです。修道院教会には有名なティンパヌムがあり、宝物庫には黄金に輝く聖フィデスの尊像(la majesté de sainte Foy)があります。
2025年、修道院教会の訪問は無料でしたが、トリビューンの見学ツアーは有料(€5)でした。また、宝物庫の見学も有料(€6.5)でした。宝物庫の中は撮影禁止でした。
目次
1. Conques .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 宝物庫 .
5. 外観 .
6. 内観(無料で見学できる部分) .
7. 内観(トリビューン) .
1. Conques
コンク(Conques)は、オクシタニー地域圏アヴェロン県にあり、県都であるロデーズの約30km北西に位置します。
小さな村ですが、村の中心にある修道院教会を目指して、世界中から観光客や巡礼者が押し寄せます。

2. 概要
教会の中に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。
サント=フォワ修道院教会(abbatiale Sainte-Foy)は、オドルリック(Odolric)修道院長(1031-1065)の時代から11世紀にかけて建築された。これは、放射状祭室と周歩廊を備えた巡礼の教会である。
聖フィデスの尊像(la majesté de sainte Foy)は聖所の中央に安置され、見事な錬鉄製の格子によって守られていた。巡礼者たちは、周歩廊からその像を崇拝することができた。この聖遺物像は現在、回廊内の宝物庫に保管されている。
聖フィデス(Sainte Foy)はアジャン(Agen)出身の若い殉教者であり、303年にディオクレティアヌスによる迫害の犠牲となった。当時わずか12歳か14歳だった彼女が、ローマ総督の前で示した信仰の証は、この街に深い印象を残した。彼女への崇敬は急速に広まり、今日でも、盲人の治癒、捕虜の解放、そして子宝に恵まれるよう、彼女の取り次ぎが求められている。ある文書によると、10世紀にアロスニデ(Arosnide)という修道士がアジャンの人々から聖遺物を持ち出し、まさに叙事詩のような冒険を経てコンク(Conques)へ持ち帰ったという。これらの聖遺物は、ヴァイキングの侵攻から守るためにこの修道院へ運ばれたのかもしれない。
聖フィデス(Sainte Foy)の祝日は10月6日であり、その翌日曜日に厳かに祝われる。
サント=フォワ修道院教会(abbatiale Sainte-Foy)は現在、プレモントレ会の修道士たちに委ねられている。
注目すべき点:
- 聖フィデスの尊像(la majesté de sainte Foy)と中世の宝物はヨーロッパの5大中世金細工コレクションのひとつであり、フランスで最も重要なコレクションである。
- 高さ22.10メートルの円筒形ヴォールトを持つサント=フォワ修道院教会(abbatiale Sainte-Foy)は、ロマネスク様式の教会の中で最も高い。
- クワイヤの錬鉄製格子(12世紀)は、釈放された囚人たちが奉納品として持ち帰った鎖の一部を用いて作られたものと考えられている。
- トリビューンは、5月1日から9月30日までの毎晩21時30分に見学できるほか、観光局への予約による見学も可能である。
- 彫刻が施された柱頭は250以上あり、そのほとんどが異なる意匠である。
- ティンパヌムは、ロマネスク芸術の傑作であり、124人の人物像が描かれている。
- 北翼廊にある「受胎告知」の浮き彫りは、地上8メートルの高さに設置されている。
3. 平面図
案内板による平面図です。東が上です。

聖フィデスの尊像(la majesté de sainte Foy)を含む宝物庫へは、回廊の西ギャラリーからアクセスしました。
4. 宝物庫
宝物庫の見学は有料でした。
まばゆい金細工がたくさんあります。
宝物庫にあった説明の一部を抜粋し、太字で和訳します。
中世初期からロマネスク期にかけてのコンクの宝物
修道院の起源に関する歴史は伝説に覆われている。790年から795年頃、隠者ダドン(Dadon)がサラセン人によって破壊された施設を再建したようだ。コンクに言及した最古の文書は801年のものである。
この修道院は、781年からアクィタニア王ルートヴィヒ敬虔王、アクィタニア王ピピン(817-838)、そしておそらくシャルル禿頭王の庇護を受けていた。メロヴィング朝およびカロリング朝時代の作品に由来する貴重な断片は、宝物庫に中世初期の聖遺物箱が存在したことを裏付けている。
当時、コンク(Conques)は聖救世主、聖母マリア、聖ペトロを主祭聖人としており、修道院にはこれらの聖遺物が保管されていた。キリストの聖遺物は幼少期の遺物であり、へそと聖包皮であった。これらの幼少期の聖遺物に関連付けられているのが、「ピピン聖遺物箱(le Reliquaire de Pépin)」あるいは「割礼の聖遺物箱(la Circoncision)」である。ただし、この聖遺物箱は全体としてカロリング朝時代より後の作であり、誤ってアクィタニア王ピピンによる寄進と結びつけられてきた。
しかし、これらの聖遺物の威光だけでは不十分だったため、修道士たちはさらに他の聖遺物を手に入れようとした。こうして、4世紀初頭にアジャン(Agen)で殉教した若い聖フィデス(Sainte Foy)の聖遺物は、アジャン(Agen)から盗み出され、883年以前にコンク(Conques)へ持ち込まれた。
985年頃、聖フィデス(Sainte Foy)が両眼を抉り取られた男の視力を回復させたという奇跡により、巡礼者や寄付が殺到し、コンク(Conques)の名声と繁栄が確立された。
ロマネスク期から中世末期に至るコンク(Conques)の宝物
ベゴン3世(Bégon III、1087-1107)の統治期は、修道院と宝物庫にとって新たな全盛期にあたる。この時期に編纂された『コンク年代記(Chronique de Conques)』は、この修道院長が、現在は失われてしまった回廊の建設だけでなく、数多くの聖遺物箱や福音書の制作も手掛けたと記している。現存する宝物館の作品のうち4点には、ベゴン(Bégon)による制作であることを示す銘文が残されている。すなわち、「聖ヴィセンテのランタン(la Lanterne de saint Vincent)」、「シャルルマーニュのA(le A de Charlemagne)」、「教皇パスカリスの聖遺物箱(le Reliquaire du pape Pascal)」、そして「ベゴンの可動式祭壇(Autel portatif de Bégon)」である。聖フィデスの携帯用祭壇(Autel portatif de sainte Foy)もまた、彼の指揮の下で制作された可能性が高い。これらの作品は、当時コンク(Conques)のために制作された作品群の芸術的品質と技術的多様性を示すだけでなく、特に聖フィデス(Sainte Foy)や、同修道院が聖遺物を保管していた聖人たちを「称揚」するための、図像的な創意工夫への配慮も物語っている。
「聖フィデスの尊像(la majesté de sainte Foy)」は、現存する最古の金細工による聖遺物像であり、聖人の頭蓋骨の聖遺物を収めている。これに関する最初の記録は、1013年頃、自身の著書の中でこれを描写し、その異教の偶像のような姿に衝撃を受けたと述べたアンジェのベルナール(Bernard d’Angers)によるものである。彼は、この像が「ab antiquo fabricata(古くに作られた)」ものであり、奇跡が起きた985年以降、1005年以前に「de integro reformata(一から作り直された)」、つまり根本的に変容させられたと述べている。
1954年に行われた「聖フィデスの尊像(la majesté de sainte Foy)」の調査により、一連の改修の経緯をより深く理解することができた。木材の胴体は、大腿部の中央で接合された、粗く彫られた二つの部品から成っている。この頭部のない木製の核には、金板製の頭部が嵌め込まれるスリーブが付いており、おそらくはローマ帝国末期の作品である。この像は、小花模様が打ち出された金箔で覆われていたが、その断片がいくつか残っている。985年以降、元の腰掛けに代わる玉座を設置するため、木製の芯に切れ込みが入れられた。さらに、宝石やカメオが散りばめられた豪華な縁飾りが、衣の縁や玉座の支柱を際立たせている。像の改修と同時期の王冠は、本来この像のために作られたものではなく、像に合わせてサイズを縮小されたものである。
元の像(ab antiquo fabricata)の制作年代については、依然として議論の余地がある。
この像は、しばしばクレルモン司教兼コンク修道院長エティエンヌ(942-984)の作とされてきたが、その粗削りな造形や、より古い頭部の流用といった点から、むしろ聖遺物が到着した後(883年以前)に制作されたカロリング朝時代の作品である可能性が高い。このように、「聖フィデスの尊像(la majesté de sainte Foy)」は、8世紀から確認されている金細工の彫像(ただし、カロリング朝末期の動乱やノルマン人の侵攻の間に、北部では失われ忘れ去られていた)と、10世紀半ば以降フランス中部で増加した尊像とを結びつける存在となっている。
宝物庫(Trésor)は、撮影禁止でした。(Zodiaque) la nuit des temps『Rouergue roman』による画像です。

5. 外観
東に行きます。
放射状祭室があります。

西に行きます。

ティンパヌムが素晴らしいです。

中央には、『マタイによる福音書』の記述に基づく「栄光のキリスト」が彫られています。
『マタイによる福音書』25章
31: 「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。
32: そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、
33: 羊を右に、山羊を左に置く。
34: そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。

聖フィデス(Sainte Foy)は、キリストから見て右にいます。
神の手に祝福される彼女の上に、「Ad Celi Gaudia」(天の喜び)と刻まれています。

キリストから見て左には、悪魔たちに苛まれる魂たち。

キリストの足の下(中央)では、天使と悪魔が見合っています。

ティンパヌムの周りには、覗き見る人たちがいます。

夏の夜には、ティンパヌムでプロジェクション・マッピングが行われます。
6. 内観(無料で見学できる部分)
教会の中に入ります。

柱頭彫刻が良いです。三つご紹介します。
こちらの柱頭は、聖フィデス(Sainte Foy)の殉教を表していると思います。

こちらの柱頭は、牢から解放される聖ペトロを表していると思います。
『使徒言行録』12章
6: ヘロデがペトロを引き出そうとしていた日の前夜、ペトロは二本の鎖でつながれ、二人の兵士の間で眠っていた。番兵たちは戸口で牢を見張っていた。
7: すると、主の天使がそばに立ち、光が牢の中を照らした。天使はペトロのわき腹をつついて起こし、「急いで起き上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から外れ落ちた。
8: 天使が、「帯を締め、履物を履きなさい」と言ったので、ペトロはそのとおりにした。また天使は、「上着を着て、ついて来なさい」と言った。
9: それで、ペトロは外に出てついて行ったが、天使のしていることが現実のこととは思われなかった。幻を見ているのだと思った。
10: 第一、第二の衛兵所を過ぎ、町に通じる鉄の門の所まで来ると、門がひとりでに開いたので、そこを出て、ある通りを進んで行くと、急に天使は離れ去った。
11: ペトロは我に返って言った。「今、初めて本当のことが分かった。主が天使を遣わして、ヘロデの手から、またユダヤ民衆のあらゆるもくろみから、わたしを救い出してくださったのだ。」

こちらの柱頭は、聖ペトロの前に現れたイエスを表していると思います。

「受胎告知」(『ルカによる福音書』1章)の彫刻も注目です。北翼廊にあります。

「受胎告知」の左(西)に、預言者イザヤの像があります。
イザヤは旧約聖書の中で救世主の誕生を預言しました。
『イザヤ書』7章
14: それゆえ、わたしの主が御自ら/あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと呼ぶ。

「受胎告知」の右(東)に、洗礼者ヨハネの像があります。
洗礼者ヨハネは、新約聖書(『マタイによる福音書』3章、『マルコによる福音書』1章、『ルカによる福音書』3章、『ヨハネによる福音書』1章)の中で救世主の到来を告げました。
『マルコによる福音書』1章
2: 預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、/あなたの道を準備させよう。
3: 荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、
4: 洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。
5: ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。
6: ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。
7: 彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。

クワイヤに錬鉄製格子(12世紀)があります。

かわいい。

7. 内観(トリビューン)
トリビューンの見学ツアーは有料でした。
修道院ショップ(Magasin monastique)の前に集合し、教会の中に入ると、側廊の細い階段からトリビューンに上がります。

トリビューンにも、凝った柱頭彫刻があります。

近くから見られるので、楽しいです。

Abbatiale Sainte-Foy de Conques。修道院教会には有名なティンパヌムがあり、宝物庫には黄金に輝く聖フィデスの尊像(la majesté de sainte Foy)があります。
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