2025年8月5日(火)、最初に訪れたのはAlet-les-Bains、Abbaye bénédictine Notre Dame d’Aletです。
ここは、「フランスで最も美しい廃墟」のひとつです。
2025年、修道院は毎日、午前と午後に開いていました。有料(€5)でした。
目次
1. Alet-les-Bains .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(教会) .
5. 内観(教会) .
6. 内観(チャプターハウス) .
1. Alet-les-Bains
アレ=レ=バン(Alet-les-Bains)は、オクシタニー地域圏オード県にあり、県都であるカルカソンヌの約25km南西に位置します。
修道院は、オード(Aude)川の東岸、聖アンデレ教会(Église Saint André)の北隣にあります。
下の写真の中で、左の鐘楼が聖アンデレ教会(Église Saint André)、中央の廃墟が修道院(Abbaye bénédictine Notre Dame d’Alet)の14世紀の祭室、右の建物が修道院の受付です。

2. 概要
教会の中に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。
アレ(Alet)の地は、ローマ時代以前から人が住んでいた。
おそらく、オード(Aude)川を上る道沿いにある、ローマ人にとって(温泉の)重要な中継地だったのであろう。そこにはキュベレ(Cybele)に捧げられた神殿があったと言われている。
キュベレは、豊穣と自然を司る大地母神です。
アレ(Alet)のベネディクト会修道院の設立は813年に遡り、その共同体の歴史は、近隣のサン・ポリカルプ(Saint Polycarpe)修道院やサン・ティレール(Saint Hilaire)修道院の歴史と密接に結びついている。
1096年6月16日の教皇ウルバヌス2世の訪問は、この修道院の重要性を裏付けるものであり、その所有地は1119年にはサン=ポール・ド・フェヌイェ(Saint-Paul de Fenouillet)とサン=パプル(Saint Papoul)にまで及んでいた。
現在の教会の大部分はロマネスク時代に建てられたものである。その建設は三つの段階に分かれる:側廊(1070年頃)、後陣、翼廊および北側の小さな鐘楼(11世紀末)、そしてトリビューンと鐘楼(1112年~1150年)である。
ロマネスク様式の後陣は、アレ(Alet)に現存する建築物の中で最も注目すべき部分である。中東や西ゴート様式の建築に着想を得たその構成と装飾は、ラングドック地方で最も独創的な聖域のひとつであり、古代ローマの記念碑的建造物を彷彿とさせる。
町と修道院を取り囲む城壁が築かれた時期(1167年~1197年)は、サント・マリー・ダレ(Sainte Marie d’Alet)の全盛期であった。しかし間もなく、修道院は世俗化され、ナルボンヌの参事会の管轄下に置かれた(1222年)。
1318年2月18日、教皇ヨハネス22世は修道院教会を大聖堂に昇格させた。
その後、修道院教会から大聖堂へと格上げされたこの教会は「大聖堂の主要部分」を構成するため、東側へ拡張されることとなった。この時代に、古いロマネスク様式の後陣を取り囲む放射状の祭室が建設された。
ロマネスク様式の修道院教会はアルビジョワ十字軍の破壊を免れたものの、プロテスタントによる略奪からは逃れることができなかった。
ユグノーは1573年にアレ(Alet)を制圧し、1557年1月6日には大聖堂からすべての財宝を奪い、祭壇を倒し、ステンドグラスを破壊した。
その後、この建物は、市の要塞を再建するための石材の採石場として利用された。
ノートルダム大聖堂は1600年頃、修道院の建物の跡地に設けられた仮設の大聖堂(サン=ブノワ大聖堂)に取って代わられ、放棄された。
1776年、アレ(Alet)の最後の司教は、旧大聖堂のゴシック様式のクワイヤがあった土地をラングドック地方議会に売却し、そこに道路を開通させた。これにより、放射状祭室のうち四つが失われた。1791年、この記念碑的建造物群は国有財産として売却された。
最初の修復・整備工事が着手されたのは1903年になってからであり、遺構が現在の姿で発掘されたのは1947年のことである。
その施工の質と堂々としたプロポーションにより、この建造物は今日、「フランスで最も美しい廃墟」のひとつに数えられている
この後も、案内板を引用する時に太字で書きます。
3. 平面図
案内板による平面図です。東が上です。

黒色:ロマネスク様式 11世紀〜12世紀
斜線:ゴシック様式 14世紀
点線:復元
4. 外観(教会)
18世紀につくられた道路を南に進むと、聖アンデレ教会(Église Saint André)と修道院との間に、墓地があります。

修道院の南にある墓地に行きます。
墓地から北を向くと、修道院教会の身廊、塔と後陣があります。

身廊の窓に装飾のあとがあります。

墓地を出て、修道院の受付で見学料を払い、敷地に入ります。
受付の建物を出ると、多角形の後陣があります。軒下の装飾が美しいです。

5. 内観(教会)
教会の中に行きます。

勝利アーチの柱頭には、見事な彫刻が残っています。

6. 内観(チャプターハウス)
教会の北にチャプターハウスがあります。

三つのアーチを支える柱頭に彫刻があります。

柱頭を二つご紹介します。
こちらは「受胎告知」(『ルカによる福音書』1章)だと思います。
大天使ガブリエルが十字架を左手に持ち聖母に受胎を告知しています。中央に座る聖母は両手を上げ、掌を開いています。右手で聖母を祝福しているのは、この場面を記した福音書記者ルカかもしれません。

こちらには、動物たちと人物たちが彫られています。
中央には大きな四足獣がいます。鋭い爪や体つきからみて、熊かもしれません。

熊のような獣の下では、男性が笑っています。

熊のような獣は、その後ろ足を、犬のような動物に噛みつかれています。
劇的です。

Abbaye bénédictine Notre Dame d’Alet。「フランスで最も美しい廃墟」のひとつです。
・
・
・


