2025年5月21日(水)、四番目に訪れたのはChâlons-en-Champagne、Église Collégiale Notre-Dame-en-Vauxです。
ここは、後陣の塔の内部に美しい柱頭彫刻があります。
2025年、教会は毎日昼休みなく開いていました。
Châlons-en-Champagne では、3か所に行きました。以下のように3回に分けて書きます。
<1> Cathédrale Saint-Étienne
<2> Église Collégiale Notre-Dame-en-Vaux
<3> Musée du cloître de Notre-Dame-en-Vaux
目次
1. Châlons-en-Champagne .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観 .
5. 内観(身廊) .
6. 内観(後陣の塔) .
1. Châlons-en-Champagne
シャロン=アン=シャンパーニュ(Châlons-en-Champagne)は、グラン・テスト地域圏マルヌ県の県都で、グラン・テスト地域圏の首府ストラスブールの約250km北西、首都パリの約150km東にあります。
教会は、モー(Mau)運河のほとりにあります。

2. 概要
Châlons-en-Champagne 観光局のウェブサイトによる概要です。私が一部を抜粋して太字で和訳します。
1000年以上の歴史を持つ宝石
モー運河(Canal du Mau)のほとり
もともと城壁の外側に位置していたノートルダム・アン・ヴォー(Notre-Dame-en-Vaux)は、三つの川が合流する湿地帯に建設されたが、現在残っているのはモー(Mau)川だけである。13世紀になってようやく城壁内に組み込まれた。
最初の礼拝堂は9世紀に建てられた。
その後、教会が建設され、1114年には大聖堂参事会(chapitre de la cathédrale)の参事会員(chanoines)が共同生活を送った。これが、この教会が参事会教会(Église Collégiale)となった理由である。
この時代から残っているのは、翼廊の下層部と後陣の塔だけである。
建物の残りの部分は、1217年までに、いわゆる過渡期(ゴシック様式への移行期)の様式で再建された。この頃、ノートルダムは重要な巡礼の中心地となった。この時代に建てられたのは、クワイヤと三つの放射状祭室のある周歩廊、翼廊の上層部、そして七つの柱間を持つ身廊である。南扉口は、華麗なゴシック様式で、1469年に完成した。
この教会はフランス革命の間に大きな被害を受け、その後の数十年間は、馬小屋へと変貌し、連合軍に占領された。19世紀を通じて、ノートルダム・アン・ヴォー(Notre-Dame-en-Vaux)の建築は中世の様式に戻された。彼らは、ファサードに二つ目の尖塔を再建し、ゴシック様式でオルガンとステンドグラスを修復し、古い墓石を使って床を再舗装し、ネオゴシック様式の主祭壇を注文した。
この後は、ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Champagne romane』を引用する時に太字で書きます。
3. 平面図
ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Champagne romane』による平面図です。東が上です。

斜線:12世紀初め
黒色:交差部、翼廊と身廊 12世紀半ば
点々:その他後陣 12世紀末
4. 外観
南に行きます。
12世紀半ばまでの建築のうち、残っているのは翼廊の下層部と後陣の塔だけです。
建物の残りの部分は、1217年までに、いわゆる過渡期(ゴシック様式への移行期)の様式で再建されました。

5. 内観(身廊)
教会の中に入ります。
身廊は、1217年までに、いわゆる過渡期(ゴシック様式への移行期)の様式で再建されました。

身廊の柱頭には、主に様式化された植物が彫られています。

6. 内観(後陣の塔)
この教会には、全部で四つの塔があります。
南東の塔は南翼廊に接しています。
最下層部分は、通り抜けられる構造で、美しい柱頭彫刻があります。

ハルピュイアたちだと思います。

Église Collégiale Notre-Dame-en-Vaux。後陣の塔に美しい柱頭彫刻があります。
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