2025年4月29日(火)の最後、三番目に訪れたのはCaen、Abbaye aux Dames de Caenです。
ここは、ノルマンディー公でありイングランド王だったウィリアム征服王の王妃マティルデが創立した修道院で、その埋葬地です。
Caen では、3か所に行きました。以下のように3回に分けて書きます。
<1> Abbatiale Saint-Étienne de Caen
<2> Église Saint-Nicolas de Caen
<3> Abbaye aux Dames de Caen
目次
1. Caen .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観 .
5. 内観(身廊) .
6. 内観(クワイヤ) .
7. 内観(地下聖堂) .
1. Caen
カーン(Caen)は、ノルマンディー地域圏カルヴァドス県の県都で、首都パリの約200km北西にあります。
ところで、車でノルマンディー地域圏を移動するときは、フリーフローの有料道路(2025年現在はΑ13とΑ14)にご注意ください。料金所がなく、オンラインで支払います。
さて、教会は、男子修道院(Abbaye aux Hommes、すなわちSaint-Étienne)から東に2kmほど離れたところにあります。

2. 概要
教会の外に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。
女子修道院(Abbaye aux Dames)
公爵夫人のための修道院、女王の埋葬地
「この美しい墓は、王族の血筋であり、卓越した道徳的価値を持つマティルデを威厳をもって祀っている。彼女の父はフランドル公であり、母アデルはフランス王ロベールの娘であり王位を継いだアンリの妹であった。マティルデは偉大な王ギヨームと結婚し、修道院を設立し、この教会を建設した。彼女は多くの土地と貴重な財産を寄付し、自らの主導で教会を奉献した。彼女は不幸な者たちの守護神であり、慈愛に満ちていた。自分の財産を分配することで、彼女は自ら貧しくなり、貧しい者たちを豊かにした。こうして彼女は永遠の命の住まいを得た。11月1日、早課*の後で。」
*早課:一日の最初の時間帯に行われる最初の礼拝。
この後は、ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Normandie Romane 1』を引用する時に太字で書きます。
3. 平面図
ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Normandie Romane 1』による平面図です。東が右です。

クワイヤの南北に、狭い曲がり階段があります。それらは、地下聖堂につながっています。
4. 外観
ファサードは、南北に二つの塔があり、その基部にナルテックスがあります。

5. 内観(身廊)
教会の中に入ります。
身廊は、しばらく紡績工場として使用された後、19世紀に大規模な修復が行われたにもかかわらず、全体としては11世紀半ばの外観を保っている。しかし、ほぼすべての柱の土台とアーチは再建されている。

6. 内観(クワイヤ)
東に行きます。

クワイヤには、この修道院の設立者であるマティルデの墓があります。
2. 概要に書いた案内板の鉤括弧内の文(「この美しい墓は、、、)は、この墓跡の碑文を現代フランス語に訳したものだと思います。

7. 内観(地下聖堂)
私は地下聖堂に行きたかったのですが、扉は施錠されていました。
この教会の大きな特徴のひとつは、ノルマンディーの修道院教会の中で唯一の地下聖堂である。
結局のところ、模倣の精神だけが地下聖堂を設置した理由だったのかもしれない。11世紀以前のノルマンディー以外のほとんどの大きな教会には、地下聖堂があったのだ。
いずれにせよ、この地下聖堂は、修道院教会で最も古い部分のひとつであるに違いない。おそらく、1066年6月18日に奉献されたのはこの地下聖堂だったろう。
この地下聖堂の平面図は単純である。約8m×9mの長方形でクワイヤの最後の直線部分と後陣の入口の半分に相当し、短い半円形で終わっている。長方形には16本の柱が4本の規則的な列に並んでいる。それらの寸法は小さいが、狭い空間に密集しているため、まさに森のような印象を与える。
ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Normandie Romane 1』による画像です。

Abbaye aux Dames de Caen。ノルマンディー公でありイングランド王だったウィリアム征服王の王妃マティルデが創立した修道院で、その埋葬地です。
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