ラマルー=レ=バン(Lamalou-les-Bains)

2025年8月7日(木)、最初に訪れたのはLamalou-les-Bains、Église Saint-Pierre de Rhèdesです。

ここは、後陣の外観が美しいです。内部の柱頭や浮き彫りの断片も良いです。

2025年、教会の中に訪問するには、役場(mairie)で鍵を借りました。私は事前に「8月7日の10:30頃に伺います」と連絡しました。

目次

1. Lamalou-les-Bains .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 内観 .
5. 外観 .

1. Lamalou-les-Bains

ラマルー=レ=バン(Lamalou-les-Bains)は、オクシタニー地域圏エロー県にあり、県都であるモンペリエの約60km西に位置します。

教会は、墓地の北、小高い丘の上にあります。

南西側外観

2. 概要

(Zodiaque) la nuit des temps『Languedoc roman』による概要です。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

サン=ピエール=ド=レデ(Saint-Pierre-de-Rhèdes)に関する文献資料は、現時点ではかなり少ない。

990年にベジエ(Béziers)およびアグド(Agde)の子爵ギヨームの遺言書に記載された次の記述が確実である。「……castrum quem vocant Mercariolo(……)cum ipsa ecclesia Sti Petri(……)」。カルー(Carou)によれば、「このように名付けられた教会はサン=ピエール=ド=レデ(Saint-Pierre-de-Rhèdes)である」。

この教会は12世紀の間に何度か言及されることになる。1153年、ベジエ(Béziers)のサン=ナゼール(Saint-Nazaire)大聖堂の『黒書』には、サン=ピエール(Saint-Pierre)がヴィルマーニュ修道院(abbaye de Villemagne)の小修道院(prieuré)として記載されている。

教会は、人々が盛んに行き交う地点に立地していたようです。

しかし、歴史からは知ることのできないことも、地理から察することができる。修道院の立地から、中世におけるその役割と重要性を推し量ることができる。ここサン=ピエール(Saint-Pierre)は、南北と東西に伸びる二つの道の交差点に位置していたようだ。

この後も、『Languedoc roman』を引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

(Zodiaque) la nuit des temps『Languedoc roman』による平面図です。東が上です。

『Languedoc roman』より

黒色:12世紀前半
斜線:16世紀

後陣は、内側に三つの窪みがあり、三つの祭室を成しています。また、南北の祭室の壁が厚くなっていることが特徴的です。

4. 外観

南に行きます。

南側外観

南扉口のティンパヌムは、異なる色の石を組み合わせた象嵌細工で装飾されています。

南扉口

東に行きます。

後陣の盲アーチと付け柱が美しい。

南東側外観

後陣の盲アーチの下に浮き彫りがあります。

人物が両手に様々なものを持っているようですが、誰が何をしている姿なのか、わかりません。

後陣

5. 内観

教会の中に入ります。

身廊にて東を向く

柱頭に彫刻があります。

柱頭

水や植物を表しているような意匠が並びます。

柱頭

ライオンのような四足獣たちもいます。

柱頭

また、両手を広げて立つ人物もいます。

柱頭

北小後陣には、聖ペトロの浮き彫りがあります。

右手に司教杖、頭にミトラ(司教冠)、左手に鍵を持っています。

制作年代については、マルク・ティボー(Marc Thibout)の説に賛同する。彼はこの作品を「卓越した」出来栄えと評し、12世紀末と推定している。人物像全体に宿る躍動感、衣のひだの表現、そしてとりわけ12世紀末の特徴であるミトラの形状が、この年代説を裏付けている。

聖ペトロの浮き彫り

聖ペトロの視線の先には、イエスや聖パウロが彫られていたかもしれません。

Église Saint-Pierre de Rhèdes。後陣の外観が美しいです。内部の柱頭や浮き彫りの断片も良いです。

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