サン・ジェニ・デ・フォンテーヌ(Saint-Génis-des-Fontaines)<1>

2018年3月の旅行六日目。五番目に向かったのはサン・ジェニ・デ・フォンテーヌ。フランス語で Saint-Génis-des-Fontaines、カタルーニャ語だと Sant Genís les Fonts と言うそうです。

目的地はサン・ジェニ・デ・フォンテーヌ修道院。

フノヤール(Fenollar)から Saint-Génis-des-Fontaines へは東へ10km、車で10分の道のりです。修道院(abbey)の隣に駐車できました。

正面から撮った写真が、こちら。

見学者用の入口は写真左下に写っているガラス扉です。ここでもpassが使えて入場料を割引してもらえます。受付で英語版の案内シートのコピーを貰いました。

abbeyの概要を書きます。

最も古い文書記録は819年。シャルルマーニュ(カール大帝)の時代(780年頃)に設立されたベネディクト会修道院で、303年に殉教したアルルの聖ゲネシウス(サン・ジェニ)に捧げられました。ノルマン人によって9世紀半ばに破壊されましたが、その後に再建されました。ルシヨン伯爵、続いてアラゴン王の保護の下で12世紀に拡大され、13世紀には北東側に後期ロマネスク様式の回廊(cloister)ができました。

Zodiaqueの『 la nuit des temps 7 Roussillon roman 』に載っていた現在のフロアプランです。東が上。refectory(食堂)、dormitory(宿舎)、chapter room(修道士の会合場所)といった建造物と教会とをつなぐように cloister が配置されています。

12世紀~13世紀の隆盛は続かず、次第に衰退して16世紀初めにはモンセラート修道院に併合されました。フランス革命の時に修道士は追放され、建物、土地、所有物、修道院教会(abbey church)は全て国有化され、1796年に国有財産として売却されました。

church は1846年に聖マイケルに捧げられた村の教区教会(parish church)として再開されました。

cloister は1922年~1924年に解体され、その大部分はパリのアンティーク業者に売却されました。そして4分の3にあたる柱(column)と柱頭(capital)はパリ近郊 Yvelines の Mesnuls 城に、 2つの arcade と3つの column はパリのルーヴル美術館に、いくつかの支柱(pier)は米国のフィラデルフィア美術館に売却されました。残されたのは

2018年3月現在の cloister です。

元通りに復元されて良かったです。私は基本的に、保存に問題が無い限り、ロマネスクは当初の場所にある方が良いと思っています。ロマネスク建築は、石が多く取れる地域では石造り、木が多く取れる地域では木造りといった風に、それぞれの地域と強くつながっています。そしてフレスコ画や彫刻のようなロマネスク美術は建築物に直接施されて、各地域の様子を伝えてくれるものだと私は感じています。

次回、cloister について書きます。

 

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