モントワール=シュル=ル=ロワール(Montoire-sur-le-Loir)

2025年5月17日(土)、最初に訪れたのはMontoire-sur-le-Loir、サン・ジル礼拝堂(Chapelle Saint Gilles)です。

ここは、私が大好きな礼拝堂です。三後陣と交差部に残る絵画が素晴らしいです。後陣の持ち送りも良いです。

2025年、礼拝堂に行くには、Musikenfete という博物館で鍵を借りました。礼拝堂の訪問は有料(€6)でした。

目次

1. Montoire-sur-le-Loir .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観 .
5. 内観(交差部) .
6. 内観(東後陣) .
7. 内観(北後陣) .
8. 内観(南後陣) .

1. Montoire-sur-le-Loir

モントワール=シュル=ル=ロワール(Montoire-sur-le-Loir)は、サントル=ヴァル・ド・ロワール地域圏ロワール=エ=シェール県にあり、県都ブロワの約40km北西に位置します。

礼拝堂は、町の中心部から離れ、ロワール川から数十メートル離れた西岸にあります。

東側遠景

借りた鍵を使い、木製の門扉を開けると、後陣があります。

東側外観

2. 概要

私は Musikenfete という博物館で1冊の本を買いました。その本は『Saint Gilles de Montoire, Histoire, Architecture et Iconographie』François BOESPFLUG, Jean-Pierre CAILLET et Anne-Orange POILPRE, 2017 です。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

ル・マンの教区収入目録(pouillé du Mans)に、この教会の設立は、1000年頃に存在が確認されている地元の領主の1人によって決定されたと記されている。この説は、サン=ジル(Saint-Gilles)が隣接する城の「外郭」(baile extérieur)に位置していることから、説得力を持つ。

サン=ジル(Saint-Gilles)の西扉口のアーキヴォルトの装飾と、モントワール(Montoire)に隣接するラヴァルダンのサン=ジュネスト教会(église Saint-Genest de Lavardin)の南扉口や後陣の窓の装飾との間には、類似点が指摘されている。これらの類似点は、同じ工房が関与したことを示唆しているようにも思われ、それは不可能ではない。ラヴァルダン(Lavardin)の建築は、他のいくつかの古風な特徴から当初1050年頃と推定されていたが、近年では1100年頃と再推定される説が有力である。また、同様のビレット・コード装飾が、1091年に奉献されたトゥーレーヌ地方のサンク=マルス=ラ=ピルの教会(église de Cinq-Mars-la-Pile)の後陣部でも見られる。これらの類似点から、同時代に建設されたと推測される。

したがって、この教会の創設は、1070年頃から12世紀初頭までモントワール(Montoire)の領主であったアメルン(Hamelin)、あるいはその息子ピエール(Pierre)が就任後間もなく行ったものと考えられる。

この礼拝堂を特徴づけているのは、建築(特に三つ葉形の平面図)と絵画(特に三後陣それぞれのキリスト像)です。

三つ葉形の平面図を持つ教会は、けっこう多いです。11世紀末に建設された可能性がある建物の中で、近いところでは、ノルマンディー地域圏のサン=ワンドリール(Saint-Wandrille)や、ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏のゲーズ(Gueyze)があります。いずれも、中世初期(ヴァイキング以前)の建築を継承した可能性があります。でも残念ながら、ここサン=ジル(Saint-Gilles)については、どのような意図で三つ葉形にしたのか、わかりません。

また、三後陣それぞれのキリスト像についても、なぜそのように描かれたのか、様々な議論がありますが、結論は出ていません。

この後も、『Saint Gilles de Montoire, Histoire, Architecture et Iconographie』を引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

『Saint Gilles de Montoire, Histoire, Architecture et Iconographie』による平面図と断面図です。東が左です。

<平面図>

『Saint Gilles de Montoire, Histoire, Architecture et Iconographie』より

黒色:中世
白色:近代

<断面図>

『Saint Gilles de Montoire, Histoire, Architecture et Iconographie』より

点線:オリジナルの地面の高さ

4. 外観

南に行きます。

主後陣は、外観内観ともに半円形です。一方、南北翼廊は、外観が平らで内観が半円形です。

ロワール川が運ぶ土砂のせいでしょうか、オリジナルの地面は、現在よりも1.2メートルほど低い位置にあります。

南東側外観

持ち送りに彫刻があります。

持ち送り彫刻を五つご紹介します。

持ち送り1: 鎖状に連なる輪、持ち送り2: 三つの顔、だと思います。

持ち送り1
持ち送り2

持ち送り3: アクロバット、持ち送り4: 2匹の魚、持ち送り5: 二股人魚、だと思います。

持ち送り3
持ち送り4
持ち送り5

南西に行きます。

身廊の西側三つの柱間については、北壁と西壁の一部だけが残っています。

南西側外観

西扉口の向こうに、廃墟となった城(Ruines du château à Montoire-sur-le-Loir)が見えます。

西側外観

北に行きます。

身廊については、東側のひとつの柱間だけが現存し、近代に造られた壁で塞がれています。

北側外観

5. 内観(交差部)

借りた鍵を使い、近代に造られた壁に開けられた扉口から礼拝堂に入ります。

身廊にて東を向く

交差部のアーチ下の中央にキリストが描かれており、その両肩にΑとωの文字があります。

『ヨハネの黙示録』の1章8節、21章6節、22章13節をふまえて、全能者であることを示しています。

『ヨハネの黙示録』22章13節
わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである。

この言葉は、旧約聖書に基づいています。

『イザヤ書』44章6節
イスラエルの王である主/イスラエルを贖う万軍の主は、こう言われる。わたしは初めであり、終わりである。わたしをおいて神はない。
交差部のアーチ

キリストの両側には、美徳と悪徳の擬人像が描かれています。

キリストの右手が触れているのは貞潔(CASTITAS)の擬人像、キリストの左手が触れているのは忍耐(PACIENCIA)の擬人像です。

貞潔(CASTITAS)
忍耐(PACIENCIA)

槍で貫かれているのは邪淫(luxuria)と憤怒(ira)である。

邪淫(luxuria)は失われ、憤怒(ira)の一部だけが残っています。

憤怒(ira)

キリストによって報われるこの霊的な戦いは、詩人プルデンティウス(348〜405年)の『プシュコマキア』を彷彿とさせる。

プルデンティウスは、おそらく最初のキリスト教詩人で、魂の中で美徳が悪徳と戦う様子を書きました。ロマネスク時代には広く知られていたと思います。

6. 内観(東後陣)

今日の装飾の大部分は、威厳に満ちた姿で座る神格の三つの像で構成されている。これは、ロマネスク美術の歴史において特異なものである。

この三つの神の栄光は、1840年に再発見されて以来、サン=ジル(Saint-Gilles)の評判に大きく貢献してきた。東後陣の絵画は、他の二つよりもおそらく数十年ほど前に描かれたという見解は一致しているようだが、この三つの栄光の意味については、議論がまとまっていない。1世紀半の間に、数多くの説明が提唱されてきた。しかし、学者の支持を得たものはまだない。

まず、東後陣をみます。私が一番好きな絵画です。

東後陣

十字ニンブスのキリストは神々しい威厳を帯びて、構図の中心にいます。左手に生命の書を持ち、右手で祝福しています。キリストは二層のマンドルラに囲まれて座っています。

東後陣

マンドルラが上下に分かれているのは、旧約聖書に基づいているのかもしれません。

『イザヤ書』66章1節
主はこう言われる。天はわたしの王座、地はわが足台。
東後陣

おそらく12世紀初頭、他の二つの後陣よりも数十年、あるいは半世紀ほど前に最初に建設された。ロマネスク様式の多色装飾の残りは、基本的に五つのくすんだ色、すなわち、くすんだ赤、淡い黄褐色、座る人物の衣服の縁取りに使われている淡い緑、明るい灰色、そして白に限られている。その様式は、この種のものとしては唯一無二である。

東後陣

天使たち、ふわふわしてて、かわいい。

東後陣

7. 内観(北後陣)

北東を向きます。

交差部にて北東を向く

北後陣をみます。

12世紀後半に描かれたこの場面は、中央後陣よりも線描が力強く、絵の具も鮮明で保存状態も良好である。

北後陣

ここでも、十字ニンブスのキリストは神々しい威厳を帯びて、構図の中心にいます。一続きのアーモンド形のマンドルラの中心に、波状の縁取りで囲まれて描かれています。

特徴的なのは、キリストの手から赤い線が伸びていることです。

北後陣

キリストの手から出た赤い線は、使徒たちの頭に届いています。

これは明らかに、キリストが聖堂に集まった11人の使徒たちの上に聖霊を降らせた「ペンテコステ」(『使徒言行録』2章)を彷彿とさせる。しかし、『使徒言行録』2章3節で言及されている「炎のような舌」に相当するものを、キリストの手から個々の使徒たちに届いているという図像の選択は非常に独創的である。

同じ主題を扱った他の二つの作品、ナルボンヌ大聖堂の宝物館に保存されているカロリング朝の象牙板(9世紀初頭)、そしてヴェズレー大聖堂の前廊の彫刻が施されたティンパヌム(1125年頃)と類似点が見られる。しかし、これらの例が有名であるにもかかわらず、ペンテコステにおける聖霊の降臨を画像で表現したものはあまり多くなく、この形で後陣に描かれているのは唯一の例である。

北後陣

8. 内観(南後陣)

南東を向きます。

交差部にて南東を向く

南後陣をみます。

これは、12世紀半ば頃のテンペラを使った絵画で、その様式は北後陣の絵画と非常によく似ている。13世紀と14世紀に、他の絵画で覆われ、その痕跡が所々に残っている。

北後陣と同様に、この像も祝福の姿勢をとったり書物を持ったりしておらず、両腕を大きく広げています。

南後陣

その手先は細くて、手のひらを上に向けています。

ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Touraine romane』には「キリストの右手に鍵の下絵が確認できる」と書いてあるのですが、私にははっきりと見えませんでした。

『Saint Gilles de Montoire, Histoire, Architecture et Iconographie』の著者も同様です:

どちらの手にも何も持っていないため、一部の著者が提唱する、聖ペトロへの法や鍵の授受(Traditio Legis または clavium)の可能性は、観察からは裏付けられない。

とはいえ、「トラディティオ・レギス(Traditio Legis、法の授与)」の場面じゃないという裏付けもありません。

南後陣

サン・ジル礼拝堂(Chapelle Saint Gilles)。三後陣と交差部に残る絵画が素晴らしいです。後陣の持ち送り彫刻も良いです。

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