サヴィニー(Savigny)

2025年4月30日(水)の最後、四番目に訪れたのはSavigny、ノートルダム・ド・サヴィニー教会(Église Notre-Dame de Savigny)です。

ここは、身廊と後陣に見事な彫刻があります。

2025年、教会は毎日9:00〜18:00に開いていました。

目次

1. Savigny .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(身廊の北壁) .
5. 外観(身廊の南壁) .
6. 内観(後陣) .
7. 内観(聖具室) .

1. Savigny

サヴィニー(Savigny)は、ノルマンディー地域圏マンシュ県にある村で、県都サン=ローの約19m西にあります。

ところで、車でノルマンディー地域圏を移動するときは、フリーフローの有料道路(2025年現在はΑ13とΑ14)にご注意ください。料金所がなく、オンラインで支払います。

さて、教会は小さな村の中心にあり、墓地に囲まれています。

西側外観

2. 概要

教会の中に案内掲示がありました。また、QRコードがありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

歴史的建造物であるノートルダム・ド・サヴィニー教会(Église Notre-Dame de Savigny)は、10世紀から11世紀にかけて建てられたプレ・ロマネスク様式の構造を持つ。

11世紀末に増築され、ロマネスク様式の開口部を持つようになった。身廊とクワイヤの間には二つの礼拝室が設けられている。北側の礼拝室は15世紀、南側の礼拝室は19世紀初頭に建てられたものである。

この教会の遺産的価値は、その建築様式だけでなく、彫刻や絵画の装飾にもある。1128年に完成した彫刻の装飾はロマネスク様式である。壁画は13世紀末のものと推定されている。教会には、注目すべき、指定文化財に登録された彫像もある。

この後も、案内掲示とQRコードのリンク先を引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

案内掲示による平面図です。東が右です。

図は、建物の構造を示している。また、見学の際に必見のポイントも示している。

案内掲示より

身廊と後陣の黄色い部分が12世紀の構造です。

我々は、10世紀に建てられたプレ・ロマネスク様式の教会の前に立っている。東西方向に建てられたこの教会は、長方形の平面図で、身廊は後陣で終わっている。

おそらく11世紀末から12世紀初頭にかけて、高さが増築された。この頃、内外ともに彫刻(持ち送り、柱頭、アーチ)によって装飾が施された。

この装飾は、サヴィニー(Savigny)の領主ラウル・ド・ブルクール(Raoul de Brucourt)が、1107年にカルヴァドス県オージュ(Auge)のサント・バルブ修道院(abbaye Sainte-Barbe)から修道士たちを招き、修道院を設立したことによるものである。

4. 外観(身廊の北壁)

一部の石に十字架が刻まれています。これは、古い石棺の蓋を再利用したものかもしれません。

また、一部の石は、魚のニシンの骨(ヘリンボーン)のように斜めに積まれています。こうした積み方は、オプス・スピカトゥム(opus spicatum)と呼ばれます。

身廊の北壁

軒下の持ち送りに彫刻があります。

持ち送りを三つご紹介します。

持ち送り1: 鳥、持ち送り2: 男性の顔、持ち送り3: 蛇、だと思います。

北壁の持ち送り1
北壁の持ち送り2
北壁の持ち送り3

5. 内観(身廊の南壁)

南に行きます。

身廊の南壁

持ち送りを九つご紹介します。

持ち送り1: 四足獣、持ち送り2: 2体の幻想的な生き物、持ち送り3: 2人の人物、だと思います。

南壁の持ち送り1
南壁の持ち送り2
南壁の持ち送り3

持ち送り4: 樽のようなものを抱える人物(樽型の楽器を奏でる音楽家?)、持ち送り5: 天使と四足獣、持ち送り6: 幻想的な生き物、だと思います。

南壁の持ち送り4
南壁の持ち送り5
南壁の持ち送り6

持ち送り7: 角笛を吹く人物、持ち送り8: 祝福する聖職者、持ち送り9: 雄鹿、だと思います。

南壁の持ち送り7
南壁の持ち送り8
南壁の持ち送り9

6. 内観(後陣)

教会の中に入ります。

「この教区で、これより古い教会は他にない」と、シャルル・ド・ジェルヴィル(Charles de Gerville)は書いている。彼は、以前はカロリング様式またはサクソン様式と呼ばれていたものを指す「ローマ風の(仏:roman)」という用語を考案した人物でもある。

ところで、「ロマネスク」という言葉の起源については、金沢百枝『ロマネスク美術革命』(新潮社 2016年)の第二章に詳述があります。

その本によると、確かに、ノルマン様式とかサクソン様式とか呼ばれていた11世紀から12世紀の建築様式について「ロマネスク(仏:roman)」と命名したのはフランス人のシャルル・ド・ジェルヴィル(Charles de Gerville)とされています。(ちなみに「romanesque」というフランス語は「夢見がち」とか「気まぐれな」という意味で日常的に使われていたため「roman」という言葉を選んだようです。)

でも、同じ時期かそれ以前に、イギリス人のウィリアム・ガン(William Gunn)が古代ローマを模倣したような11世紀から12世紀の建築様式について「ロマネスク(英:Romanesque)」と命名しました。ローマ風の、とか、ローマもどき、というような意味です。

身廊にて東を向く

それは1818年のことだった。シャルル・ド・ジェルヴィル(Charles de Gerville)がここで見たのは、3段のジグザグのアーチ、2番目のアーチを支える彫刻が施された柱頭、そして祭壇の後ろにある「半円形の、単純なジグザグの…塞がれた」窓だけだった。70年後になって、ジュバン(Joubin)修道院長が、以前は祭壇画に隠されていたものを発見した。

後陣をみます。

押しつぶされたような形のアーチがあり、幾何学模様で装飾されています。

後陣には五つの盲アーチが並び、それらを支える柱頭に彫刻があります。

幻想的な生き物、男性の顔、四足獣、蛇、ライオン、鳥、絡み合う模様、網目模様などが彫られています。

後陣

こちらは、2対の幻想的な生き物が彫られた柱頭です。

アバクス(柱頭の上に置かれてアーチを支える部分)には「COCODRIAS」と刻まれているようです。

後陣の柱頭

続いて「AB.INC.IESV.X.HI. M.C.XX.VIII.A.TURC」などの文字が刻まれているようです。

後陣の柱頭

これらの柱頭には、二つの重要な情報が刻まれている。左側には MCXXVIII、つまり 1128年と刻まれている。これは教会の装飾が完成した年だ。右側には TURCh/OPAS と刻まれている。専門家ジュリアン・デエ(Julien Deshayes)の説を信頼しよう。彼はこれを、TURCHETIL という人物への言及であり、その人物が operarius、つまり現場監督、工事責任者であったことを示すものと見ている。

後陣の柱頭

7. 内観(聖具室)

祭壇の後ろに通路があり、聖具室に行くことができます。

後陣

聖具室に入り、後ろを振り返ると、彫刻があります。

聖具室にて西を向く

こちらは、雄鹿に矢を向けるケンタウロスだと思います。

雄鹿に矢を向けるケンタウロス

アーチの下には、六つの石を接合して彫られた「威厳あるキリスト」が置かれている。地元では「ル・ボー・デュー(le Beau-Dieu、美しい神)」と呼ばれ、裸足で玉座に座り、司教の衣装をまとっている。右手で祝福し、もう一方の手には長い柄のある十字架を持っている。

「ル・ボー・デュー(le Beau-Dieu」

この彫刻群は12世紀前半、つまり教会のロマネスク様式の装飾と同時代のものと見られている。

これらの彫刻が、当初からこの場所に置かれていたのかは不明である。既知の「威厳あるキリスト」の浮き彫りのほとんどは、建物の入口のポーチの上に設置されているからである。

ノートルダム・ド・サヴィニー教会(Église Notre-Dame de Savigny)。身廊と後陣に見事な彫刻があります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です