ローディ・ヴェッキオ(Lodi vecchio)

2023年8月24日(木)、三番目に訪れたのは Lodi vecchio。Basilica di San Bassiano です。

ここは、後陣の外観が美しいです。内部には柱頭彫刻もあるようです。

教会は典礼行事のために木曜、土曜、日曜の15:00〜1630に開きます。

目次

1. Lodi vecchio へ .
2. 概要 .
3. 航空写真 .
4. 外観 .
5. 内観 .

1. Lodi vecchio へ

私はリヴォルタ・ダッダ(Rivolta d’Adda)から南西に約30km、30分ほど運転して古い町の町はずれに着きました。14:30頃のことです。

北西側外観

15:00からの典礼の準備のために、もう開いているだろうと思ったのに、、、私は教会の隣で待ちましたが、教会は一向に開く気配がありません。

しばらくすると、近所に住んでいる親切な婦人が1人きて、私に教えてくれました。

「聖ミサをお待ちですか?今日は聖ミサは取りやめになりましたよ。この暑さですから。土曜と日曜には執り行われる予定です。」

がーん。

私は残念に思いましたが、気温は39度。取りやめになるのも当然の暑さでした。私は親切な婦人にお礼を言い、教会の外観だけを見学することにしました。

2. 概要

教会の外に案内板がありました。また、私が一部を抜粋して太字で和訳します。

その創建と再建は、ローディ・ヴェッキオ(Lodi vecchio)の町の苦悩に満ちた歴史的出来事と絡み合っている。

教会は町の東側、ラウス(Laus)の城壁の外側のピアチェンツァ(Piacenza)に通じるローマ街道脇の墓地に建っている。ローディ(Lodi)の初代司教バッシアヌス(Bassiano)の命により設立され、彼は387年11月頃にバシリカを奉献し、十二使徒に捧げた。

ラウス(Laus)はローディ(Lodi)の名前のもとになった古代の名前です。

おそらく、バッシアヌス(Bassiano)の友人であったミラノの司教アンブロシウス(Ambrogio)とコモ司教のフィデリス(Fedele)が教会設立の儀式に参加し、使徒たちの貴重な聖遺物を教会に寄進したのであろう。伝承によると、アンブロシウス(Ambrogio)は、使徒たちの墓に敷かれていた布片「ブランデア」と、聖アンデレ、洗礼者ヨハネ、ルカ、トマスの遺骨を捧げたという。

Basilica di San Bassiano は Basilica dei XII Apostoli (十二使徒聖堂)とも呼ばれます

409年にバッシアヌス(Bassiano)が亡くなった後、彼の遺体は彼が創設したバシリカに埋葬された。

ミラノ軍によってラウス(Laus)が破壊され1158年に新しい町としてローディ(Lodi)が建設されると、このバシリカは最も貴重な調度品や聖人の遺品を奪われ、廃墟と化す運命にあった。幸いなことに、14世紀になって聖堂は保存され、再建された。

新しい町が建設されると、この町はローディ・ヴェッキオ(Lodi vecchio)と呼ばれるようになりました。「古いローディ」という意味です。

この後も、案内板を引用するときに太字で書きます。

3. 航空写真

現地には平面図が見当たりませんでした。Googleマップによる航空写真です。

Googleマップより

4. 外観

東に行きます。

北東側外観

後陣が美しいです。

南西側外観

ファサードは三身廊の天井や壁よりも大きく造られています。

5. 内観

私は教会の中に入ることができませんでした。

案内板に内部の装飾の写真がありました。

二股人魚たち

案内板より

白い石に彫られた柱頭には、象徴的な動物、装飾的な要素、獅子の穴のダニエルの場面が描かれており、12世紀のものである。

案内板より

Basilica di San Bassiano。後陣の外観が美しいです。内部には柱頭彫刻もあるようです。

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