シャンデュ(Champdieu)

2022年8月31日(水)の最後、二番目に訪れたのはChampdieu。Église Saint-Sébastien et Saint-Domnin です。

ここは、地下聖堂が良いです。西扉口、交差部や後陣の柱頭彫刻も良いです。

Champdieu へ

夫と私はサン=ロマン=ル=ピュイ(Saint-Romain-le-Puy)から北に19分ほど車を運転して、城塞都市に着きました。13時頃のことです。

旧市街への入り口、ビズ門(Porte de Bise)

地図で見た方がわかりやすいかも。

上の写真は赤い矢印のように撮りました。

旧市街を、城塞がぐるりと取り囲んでいたことが一目瞭然。

Porte de Biseを通ると、教会の北にある小修道院(Prieuré de Champdieu)。

小修道院も、高い壁でしっかり要塞化されています。

お待たせしました、目指す教会 Église Saint-Sébastien et Saint-Domnin です。

Église Saint-Sébastien et Saint-Domnin(南西側外観)

立派な教会。

Église Saint-Sébastien et Saint-Domnin の概要

教会の中にリーフレット(英語版)がありました。一部を抜粋して太字で和訳します。

小修道院は、10世紀末から11世紀初頭にかけて、オーヴェルニュ地方のベネディクト会修道士によって設立された。

教会は、地下聖堂の上に建てられたロマネスク様式である。11世紀にはすでに小修道院の教会であったことは間違いない。小修道院付属教会と小教区教会の二重の目的をもっていたが、その大部分は修道士たちのために確保されていた。信者たちは、クワイヤ横の礼拝室の一つでミサに従ったのである。

二つの鐘楼がある。
第1鐘楼はロマネスク様式で、交差部の上にそびえており、細かい細工が施されている。盲アーチに覆われた半月形の湾が交互に並ぶ塔の側面は、リヨンのエネ(Ainay)修道院の鐘楼に類似している。
第2鐘楼は、玄関間の上にそびえる、より厳かな様相のものである。この鐘楼はロマネスク様式を基調としているが、頂上は中世の終わりに再建されたものと思われる。

配置をみます。

フロアプラン

現地には、フロアプランは、みあたりませんでした。Googleマップのスクリーンショットです。

ラテン十字で三後陣、玄関間の上と交差部の上にそれぞれ鐘楼があります。

教会の北に小修道院(prieuré)の建物があり、回廊や食堂が見学できますが、15世紀のものとリーフレットに書いてあったので、私は行きませんでした。

西扉口をみます。

西扉口

簡素な美しさ。

西扉口

北側の柱頭彫刻は二股人魚。

二股人魚

教会の中の柱頭彫刻に期待が高まります。

教会の中に入ります。

身廊の床

教会の中の、全体の様子。

Église Saint-Sébastien et Saint-Domnin(内観、身廊にて東を向く)

身廊の柱間は、四つ。

一番手前の柱の下は、床下が見られるようにしてあります。

床をあげたために、ベースが隠れてしまったみたいです。

ベースがみえた方がかっこ良いから、隠れているのは残念ですが、こうして一部だけ見て、あとは想像するっていうのも、おつなもの。

柱頭彫刻をみます。

柱頭彫刻

玄関間に聖ミカエル礼拝室があるんですが、

身廊にて西を向く

そこにも柱頭彫刻があり、植物と人の顔が描かれています。

聖ミカエル礼拝室の柱頭彫刻

交差部の柱頭彫刻は、植物や、

両手をあげている人たちや、

二股人魚たち。

簡素な線なのに、優美です。

後陣の柱頭彫刻は、より繊細。

後陣の柱頭彫刻

最後に地下聖堂に行きますが、そこの柱頭彫刻によく似ています。

ところで、気になるものがクワイヤにあります。

クワイヤの謎の水盤

気になるのは、二つの水盤。

クワイヤにて東を向く

向かって右(北)側にある水盤には、両手をあげた人が描かれています。

北の水盤

そして、向かって左(南)側にあるものは、もっと謎。

なつめやしの葉のように、横線の上下に細い線があり、十字形が二つあります。

南の水盤

横線は人物が左手で持っています。その人物は右手を腰にあてていて、その隣には樹木みたいなのがあります。

南の水盤

その樹木のようなものの隣には、人物がいて、腹部に大きな穴が開けられています。

南の水盤

上から見ると、こんな感じ。

南の水盤

用途も分かりませんが、描かれているものが何を意味しているのかも、謎。

最後に地下聖堂をみます。

地下聖堂

地下聖堂へは、南翼廊の南端から行きます。

地下聖堂も地上同様に三後陣なんですが、南北の小後陣は割愛します。

主後陣が、こちら。

地下聖堂にて東を向く

祭壇に案内がおいてありました。

教会で最も古い部分である。
3世紀に殉教したサン=ドムナン(Saint-Domnin)の聖遺物が1143年から保管されていた。クリュニーの「ホール」プランに基づいており、主後陣、二つの小後陣、三つの部分をつなぐ廊下で構成されている。
主後陣には18本の柱があり、これはガロ・ローマ時代の温泉地モワント(Moingt)から運ばれたものと思われる。柱頭は11世紀の装飾が特徴的である。巡礼者は、翼廊の北側から入り、南側から出ていた。

地下聖堂にて北東を向く
地下聖堂にて南東を向く

素朴さがいいです。やっぱり、地下聖堂、好きだわ〜。

地下聖堂の柱頭彫刻

ちなみに、教会の中にあったリーフレットによると、フォレ(Forez)にロマネスク様式の地下聖堂を持つ教会は四つだけだそう。

ご紹介したこことサン=ロマン=ル=ピュイ(Saint-Romain-le-Puy)の他に、サン=ジュスト=サン=ランベール(Saint-Just-Saint-Rambert)とサン=ジャン=ソレイミュー(Saint-Jean-Soleymieux)だと書いてありました。

Saint-Just-Saint-Rambert に地下聖堂があるとは、完全に初耳。もし誰か見たことあったら教えてください。

Église Saint-Sébastien et Saint-Domnin。地下聖堂が良いです。西扉口、交差部や後陣の柱頭彫刻も良いです。

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