コッレッキオ(Collecchio)<1>

2019年12月の旅行六日目の最後、五番目に目指すはCollecchio。タリニャノ(Talignano)から北東に約6km、車で約10分の道のりです。ここでの目的は Pieve di San Prospero 。

Collecchio については、以下のように、二回に分けて書きます。
<1> Collecchio と Pieve di San Prospero の概要と教会外部
<2> 教会内部

Collecchio とは

コッレッキオはパルマの南西12kmに位置する町です。

その地名は、かつてはColliculumと呼ばれたもので、ターロ川東岸の平野部が最初に丘に接する場所であることに由来します。

グーグルマップの衛星画像を私が編集しました

人口は約15000人。

農業経済に支えられた町で、丘のふもとには近代的な建物がつらなります。

また、パルマラット(伊:Parmalat S.p.A.)という食品会社の本社があることでも知られています。

Pieve di San Prospero は、1922年に建てられた高い鐘楼と、1935年に再建されたファサードを持ちます。いずれも、こうした経済的繁栄の結果です。

Pieve di San Prospero の概要

教会は、5世紀にレッジョ・エミリア(Reggio Emilia)の司教をつとめた、聖プロスペロ(伊:San Prospero)に捧げられています。

1230年に初めて、八つの小教会の中心となる古い教区教会として、文書に言及されました。

T字型のユニークな身廊と三つの後陣で構成されていたと思われるこの建物の元々の構造は、壁に埋め込まれた断片に刻まれた1089年という日付からも、その建設は11世紀に遡ると考えられています。

13世紀初めに、現在の建物に似た三廊式の構造を持つ建物に改築されました。

16世紀には六つの礼拝室がつくられましたが、これらは1912年に取り壊されました。

18世紀にはファサードが改築されましたが、取り壊され、1935年に突き出た柱が屋根を支える小さな玄関を追加して再建されました。

Pieve di San Prosperoの外観(西側)、新築された鐘楼と再建されたファサード(ともに20世紀)

1922年には、パルマの大聖堂のような、教会から切り離された新しい鐘楼がファサードの横に建てられました。

教会内部の柱は、動物や人の顔、幻想的な人物などが彫られたロマネスク様式の柱頭で仕上げられています。教会内には、12世紀に作られた洗礼盤があり、柱と交差するアーチで構成された建築装飾と、キリストの洗礼を表現した浅浮彫りがあります。

教会を訪問

教会の周りには無料駐車場がたくさんあり、車を停めるとすぐ教会です。

Pieve di San Prosperoの外観(北西側)

ファサードは20世紀にロマネスク様式っぽく再建されています。

東側を見ます。

Pieve di San Prosperoの外観(東側)

両脇の小後陣は、再建されたものですが、、、

中央の主後陣の基部に、いくらかロマネスク様式の石積みが残っているように思います。

Pieve di San Prosperoの外観(南東側)

外部で私が好きなのは、西扉口の装飾です。

Pieve di San Prosperoの外観(西側)

繊細そうなのに、なんだか、ゆるくて愛嬌があるんです。

Pieve di San Prosperoの外観(西扉口)

向かって左には植物模様があり、

西扉口の装飾、向かって左の植物模様

向かって右には生き物たちがいます。

西扉口の装飾、向かって右の生き物たち

次回、教会内部を見ます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です