ヴィゴロ・マルケーゼ(Vigolo Marchese)

2019年12月の旅行五日目、最初に目指すは Vigolo Marchese 。ピアチェンツァ(Piacenza)から南東に約26km、車で約30分の道のりです。Vigolo Marchese での目的は Chiesa e Battistero di Vigolo Marchese 。

旅行五日目、12月10日(火)の予定は
11. ヴィゴロ・マルケーゼ(Vigolo Marchese)
12. カステッラルクアート(Castell’Arquato)
13. フィデンツァ(Fidenza)

グーグルマップの画像を編集しました。赤い線の範囲がエミリア・ロマーニャ州(イタリア)。

この日(12月10日)は、朝にピアチェンツァのアパートをチェックアウトし、タクシーでレンタカー会社に行き、レンタカーで三箇所を巡ってから、夕方にパルマに移動してホテルにチェックインします。

ざんねんなレンタカー

旅行五日目の12月10日(火)と旅行六日目の12月11日(水)の二日間は車で移動します。

訪問したい箇所に行くには、バスや電車を乗り継ぐこともできますが待ち時間が長くなりがちのため、車の方が効率的でした。

レンタカーは、コンパクトなオートマ車を予約したのですが、

レンタカー会社の前に置いてあった、大きな車

まったくコンパクトでは無い、大きな車でした。

これが嫌ならマニュアル車(上の写真で奥に写っている白くて美しい小さな車)とのこと。

大きくたって、汚くたって、傷だらけだって、、、

運転し慣れていないマニュアル車よりは、オートマ車が良いです。

ざんねんですが、仕方ありません。

ため息をつきながらトランクにスーツケースを積み込み、運転席のシートの位置を調整して、スマホのグーグルマップで道案内を設定して、出発です。

ヴィゴロ・マルケーゼ(Vigolo Marchese)に到着

30分ほどで、ヴィゴロ・マルケーゼ(Vigolo Marchese)に着きました。

教会の東にある広場にざんねんな(←しつこい)車を停めました。

Vigolo Marchese は人口463人の小さな村です。

紀元前187年、共和制ローマ時代に開通したピアチェンツァとリミニを結ぶエミリア街道(現在の国道9号)から約10km、キアヴェンナ川のほとりの、ブドウ畑に覆われた美しい丘陵地帯にあります。

そんな交通量の少ない静かな場所に、11世紀初頭の教会と洗礼堂という、驚くほど興味深いロマネスク様式の複合施設が建っています。

Vigolo Marchese、私はたいへん好きなんです。

教会の東側から近づきます。

Chiesa e Battistero di Vigolo Marchese の東側外観

心がうきたって、あかるい気持ちになってきました。

なんといっても、鐘楼の右に見える円形の建物が印象的です。

Chiesa e Battistero di Vigolo Marchese の北東側外観

向かって左に見えている鐘楼つきの建物が教会(伊:chiesa)で、向かって右に見えている二段のパンケーキのような建物が洗礼堂(伊:battistero)です。

なんと美しいたたずまい、うっとりします。

北東側から眺めると、逆光で暗くなってしまったのですが、洗礼堂の愛らしさがひきたちます。

Chiesa e Battistero di Vigolo Marchese の北西側外観

さらに東側にまわり、

教会(伊:chiesa)の北西側外観

教会のファサード

教会(伊:chiesa)の西側外観

南西側から教会を見ると、太陽光のおかげできらきらと輝いていました。

教会(伊:chiesa)の南西側外観

教会の中に入ります。

現地にはフロアプランが見当たらなかったので、ゾディアック(Zodiaque)の『la nuit des temps』によるフロアプランを載せます。

ゾディアック(Zodiaque)の『la nuit des temps』によるフロアプラン

ちなみに、美しい写真がたくさん掲載されているゾディアック(Zodiaque)の『la nuit des temps』ですが、エミリア・ロマーニャを扱った一冊の裏表紙は Vigolo Marchese の写真なんです。

ゾディアック(Zodiaque)の『la nuit des temps』の裏表紙

数多くの立派な聖堂たちもある中で、ここ Chiesa e Battistero di Vigolo Marchese を選ぶあたり、にくいねえ、と思いました。

話を見学に戻します。

教会は、三身廊のバジリカ式。

身廊から北側廊と後陣を向く

ふと、左を見ると

聖水盤

なんとも味わい深い表情の聖水盤です。

聖水盤

北側廊のファサード側の端に、写真や案内の掲示がありました。

北側廊のファサード側の端

案内掲示を拡大します。

案内掲示

教会は、もともと洗礼者ヨハネに捧げられた修道院の一部でした。

現在の村名からして、Vigolo(村)と Marchese(侯爵)ということで、1008年にウベルト・ドルタ(Uberto d’Orta)侯爵が創設したベネディクト派の修道院に由来するようです。この場所には、回廊を備えた修道院、病を得た人のための救護院や巡礼者用のホステルがありました。

その身廊上部の内壁に、11世紀〜12世紀にフレスコ画が描かれたのですが、近年の建築修復の時に失われました。

写真だけが残っています。

失われた11世紀のフレスコ画の写真

身廊の上壁が、11世紀〜12世紀にはフレスコ画でうめつくされていたのかと思うと、、、

身廊から後陣を向く

その姿をひと目みたかったものです。

洗礼堂には、フレスコ画がいくらか残っているんです。

外に出て、洗礼堂に移動します。

洗礼堂の扉口を正面にみます。うーん、相変わらず、かわいい。

洗礼堂(伊:battistero)の西側外観

入ってみます。

中央には洗礼盤があり、その向こうに祭壇があります。

洗礼堂(伊:battistero)、扉口から東を向く

さらに一歩進んで、右を見ます。

洗礼堂(伊:battistero)、扉口から南を向く

簡素なつくりの印象です。

反対側を向いても、同じです。

洗礼堂(伊:battistero)、扉口から北を向く

内陣をみます。

祭壇の場所が内陣で、床が一段高くなっています。

洗礼堂(伊:battistero)、祭壇

アーチ部分にフレスコ画が残ります。

まず、北側のアーチをみます。

洗礼堂(伊:battistero)、アーチ部分(北側)のフレスコ画

近寄ってみると、衣服の裾が少しだけしっかりめに残っています。

洗礼堂(伊:battistero)、アーチ部分(北側)のフレスコ画

次に、南側のアーチ。

洗礼堂(伊:battistero)、アーチ部分(南側)のフレスコ画

近寄ってみると、衣と顔がしっかりめに残っています。

洗礼堂(伊:battistero)、アーチ部分(南側)のフレスコ画

これだけでも、残っていてくれて良かったと思えるフレスコ画です。

Chiesa e Battistero di Vigolo Marchese、小さな村の愛らしいロマネスク様式の教会と洗礼堂です。

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