ボッビオ(Bobbio)<5>

ボッビオ(Bobbio)での最後に Museo dell’Abbazia を見学します。修道院(Abbazia di San Colombano)の中の、以前は写字室だった場所にあります。

博物館に行くには、サンタ・ファーラ広場(Piazza Santa Fara)に面したポルティコの北端から入って、

Abbazia di San Colombanoの入り口(ポルティコの北端)

上の写真正面の入り口から入ると、左手にあります。

入り口を背にして西を向く(左手に Museo dell’Abbazia の入り口があります)

この博物館は、閉館していることも多いので事前確認をおすすめします。

私は、上の写真の木製の扉の向こうにある受付で3€を支払い、見学を始めました。

受付エリアに展示してあったのは、先ほど「よく見えないなあ」と困ってしまった舗床モザイクをテーマとする作品。つい「こうなってたのか。。。」と見入ってしまいました。

受付エリアに展示してあった、教会(Parrocchia di San Colombano)の舗床モザイクをテーマにした作品

私が見ていると、受付をしてくれた男性が話しかけてきました。彼は右上に描かれているドラゴンを示しながら質問します。

「日本では、ドラゴンは悪いものではないそうですね」

聞けば、日本の漫画が好きでよく読むのだそうで、西洋ではドラゴンは悪の象徴ですが、日本の漫画では悪く描かれるばかりではないと知っていたのです。私はこう答えました。

「はい。日本では、神道においては古来からあった蛇神信仰と結びついて水を司る神とされていますし、仏教においては仏法とそれを信仰する人々を護る存在とされています。キリスト教のとらえ方と全く違いますよね。」

でも、私の話に対する男性の反応は薄かったです。

漫画の話をしたら盛り上がったのかもしれません。私も漫画を読みます。『チェーザレ ~破壊の創造者~』や『天は赤い河のほとり』は繰り返し読むほど好きです。とは言え、男性の好みと一致するのかどうかわかりませんし、私には話す時間がありませんでした。

残念。

話がずれましたが、見学再開です。

博物館内には、1910年に地下聖堂を調査したときに発見された作品が展示されています。たくさんの展示物のうち、博物館を代表する作品と、私が特に気になったものをご紹介します。

博物館を代表する作品の一つが、こちらです。

象牙の聖遺物容器(伊:teca eburnea)、4世紀末〜5世紀前半

象牙の聖遺物容器(伊:teca eburnea)、4世紀末〜5世紀前半

大切な作品なのでしょう、透明なケースで保護してあります。

ロンゴバルド王国の宮廷からこの修道院に贈られた可能性があり、制作年は概ね4世紀末から5世紀前半と考えられていますが、制作地については諸説あり、シリア・パレスチナ地方、ビザンチン、アンティオキアか地中海地域、あるいはミラノなどの西洋地域、とさまざまな仮説がとなえられています。

高さ16cm、直径13cmの円筒形で、ぐるりと一周する浮き彫りには、人や動物が自然主義的に描かれています。

象牙の聖遺物容器(伊:teca eburnea)、4世紀末〜5世紀前半、別角度

現地にあった説明↓(現地の説明を私が和訳した部分は太字で書きます)によると、

現地にあった説明

描かれているのは上下ふたつの場面です。3cmの上域に、田畑を耕したり、羊の毛を刈ったりといった生活の場面。高さ12.5cmの下域に、オルフェウスの神話の場面。

オルフェウスは、紀元前7世紀にさかのぼる神話上の人物で、竪琴の音と彼の歌は、森の動物たちばかりでなく木々や岩までもが耳を傾けたと言われます。妻のエウリュディケの死後、彼は彼女を連れ戻すために冥府に行きました。冥王とその妃ペルセポネの許可を得て、妻を振り返らないことを条件に彼女を生者に戻す許可を得ます。しかし、冥界からあと少しで抜け出すというところで、不安に駆られたオルフェウスは後ろを振り向き、彼を追っていた彼女は冥府に沈んでいったのです。

竪琴を弾くオルフェウスと、沈んでいくエウリュディケが描かれています。さらに、馬に乗る人や老人、多くの動物たち(ヘビ、シカ、ヤギ、ライオン、サル、ワシ、馬、クマ、トラ、ヒョウ、犬、子羊)、想像上の生き物(ケンタウロス、グリフォン、セイレーン、サテュロス)まで描かれています。盛りだくさん。

自然主義を追求する時代の作品をふまえた上で、ロマネスクのような、象徴的な図像を描く時代があったのだなあ、と私は感じたのでした。

さらに進むと、展示室には、加工され、装飾された石材がごろごろと展示してありました。

加工され、装飾された石材たち

柱頭たちに心を奪われます。

柱頭、11世紀〜12世紀

柱頭(11世紀〜12世紀)

表情が豊かです。

柱頭(11世紀〜12世紀)

同じ柱頭の別の面です。

柱頭(11世紀〜12世紀)

さらに、こちらも素晴らしい。

ルネッタ(伊:lunetta)、7世紀

ルネッタ(伊:lunetta)、7世紀

ルネッタ(lunetta)は半月形を意味するイタリア語で、建築では扉や窓の上の半月形の部分を指します。

こちらのルネッタは7世紀に制作されたとあります。

私は、聖堂の改築には潤沢な資金が必要ですから、そんな勢いのある治世ということで、ランゴバルド王国の最盛期をつくったと言われているロターリ王(在位636~652)の頃なのかな、などと考えました。

ルネッタの縁には幾何学模様がほどこされています。

7世紀頃のルネッタ(lunetta)、細部拡大

現地の説明によると、全ての装飾がへこんだ形状であるのは、元々は凹部に色のついた化粧しっくいやガラスをはめこんでいたから、と考えられるそう。だから往時のルネットの様相は、七宝焼きみたいだったんですと。

さぞやカラフルだったことでしょう。そういうのも好きです。

さらに、これらも、ほれぼれしてしまいました。

内陣障壁(伊:transenna)、9世紀

初期のキリスト教建築で内陣を囲んでいた大理石です。

こちらは残念ながら損壊していますが、美しい彫刻が残っています。

内陣障壁(伊:transenna)、9世紀

こちらはほぼ完全に保存されています。

9内陣障壁(伊:transenna)、9世紀

でもやっぱり、聖アッタラの墓や聖ベルトゥルフォの墓に使用された内陣障壁の彫刻の美しさが突出しています。(前々回にご紹介しました。)博物館で見た説明によると聖アッタラの墓や聖ベルトゥルフォの墓は15世紀に修道院がベネディクト会に移ったとき、9世紀の内陣障壁を再利用し、墓としたとのことです。

15世紀の人たちも、あの二つの内陣障壁の彫刻が抜群に美しいと感じたのでしょう。

夢中で見入ってしまったものが、もう一つ、あります。

クミアーノ司教の墓石(伊:lapide sepolcrale del vescovo Cumiano)、8世紀〜9世紀

こちらの博物館を代表する作品の一つでもあります。

両面にあますところなく彫刻があり、展示の仕方が楽しいんです。墓石を取り囲む金属枠の両脇にとってがついていて、見学者が自ら回転させて両面を楽しめるって趣向です。

もちろん、私もぐるっと回してみました。

クミアーノ司教の墓石(裏面)、9世紀

まず、こちらの面(裏面)は9世紀に彫刻されたもの。

クミアーノ司教の墓石(裏面)、9世紀

内部障壁の彫刻(9世紀)に共通する特徴があります。

現地に掲示してあった説明によると、1910年に地下聖堂の調査で発見されたとき、墓石は9世紀の彫刻がある裏面だけが見えていたそうです。

隠れていた面には8世紀の彫刻がありました。

クミアーノ司教の墓石(表面)、8世紀

そして表面の中央には、大修道院長クミアーノ(碑文によると、17年もボッビオの修道院にいたそうです)の埋葬を想起させるラテン語の碑文が刻まれていました。

現地に掲示してあった説明

碑文に「最もほまれ高い王リウトプランドがこの価値のある石を捧げた」との記述があることから、8世紀の彫刻であると判明しました。

「最もほまれ高い王」というのは、史実といえそうです。お世辞じゃなくて。

ランゴバルド国王のリウトプランド(在位712~744)は、東ローマ(ビザンチン)帝国の混乱に乗じて帝国領を奪い、ほぼ全イタリアを支配下としました。また、フランク王国と同盟してイスラムの侵入を阻止し、ローマを包囲して教皇に脅威を与えるなど、王国の全盛期を築いた王です。

興味深いことに、碑文は”FECIT + IOHANNES MAGISTER”としめくくられています。「親方ヨハネスがつくれり」と読めます。自己主張したかったのでしょうか。

さらに興味深いことには、碑文と彫刻の向きが逆なんです。例えば、下部に彫ってある鳥に目をやると足が上に、頭が下になっていて上下さかさまです。石工が間違ったのか、何か意図があって逆にしたのかは、わかりません。

また、9世紀になると、こちらの墓石はプルテオ(伊:pluteo)として内陣に再利用されました。プルテオは教会の祭壇や聖歌隊席の装飾的仕切りです。長い辺を横にして使用するように裏面に彫刻がほどこされました。だから本来は、このページの最初に表示されるアイキャッチ画像のような向きで彫刻されたはずです。

しかし、向きがどうあれ、クミアーノ司教の墓石の彫刻が両面とも素晴らしいことに変わりはありません。ずっと眺めていたいくらいです。

Museo dell’Abbazia、ロマネスク以前の彫刻をたっぷり楽しめます。

さて、Bobbioは書きたいことが多くて<1>から<5>まで全5回になりました。

山に囲まれた静かな町には、7世紀にさかのぼる修道院が今も息づいています。

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