ベルゼ=ラ=ヴィル(Berzé-la-Ville)

2018年9月の旅行六日目、最初の目的地はBerzé-la-Ville。泊まっているAirbnb(Montceau-les-Mines)から南東に約52km、車で約48分の道のりです。

六日目(金)の訪問予定は七箇所。
23. ベルゼ=ラ=ヴィル(Berzé-la-Ville)
24. クリュニー(Cluny)
25. シセ=レ=マコン(Chissey-lès-Mâcon)
26. シャペーズ(Chapaize)
27. ビュルナン(Burnand)
28. キュ=レ=ロシュ(Culles-les-Roches)
29. ジェルマニー(Germagny)

グーグルマップを編集して訪問番号を加えました。

23. ベルゼ=ラ=ヴィル(Berzé-la-Ville) での目的はモワヌ礼拝堂(Chapelle des Moines)です。

朝8時過ぎに Airbnb のある Montceau-les-Mines を車で出発して、D980の道をしばらく走ると、写真で見た覚えのある高い塔がいくつも並んでいるのが見えました。クリュニーです。

うへえ、クリュニーって、おっきい。

クリュニーを通り過ぎて10kmほど進み、スマホのナビの指示通りに左折して坂道を登ると、葡萄畑の中から目指す建物が見えてきました。

礼拝堂の前の駐車場に車を停めました。その周りも葡萄畑。

目指す礼拝堂へ。

円形の後陣や付け柱が見えて思わず興奮してしまう。

入り口に表示があります

表示をよく見ると

2018年9月〜11月の期間は9:30から、と書いてあります。

このとき、まだ9時でした。

9:30にはまだ早いなあ、と思ってビビリながらも、ドアが開いているのでおずおずと前進。

お、なんかある。

下の階の礼拝室のようです。来る前に Zodiaque を読んだのですが、礼拝堂には二つの階があって、上の階は12世紀、下の階は11世紀に遡るものと書いてありました。

モニター画面では、フレスコ画の作り方を説明する映像が上映中。

通路に戻ると、礼拝堂についての案内が掲示してありました。

それによると、ここは11世紀から12世紀にかけてつくられた小修道院に付属する礼拝堂。クリュニーの凋落とともに忘れられ、フランス革命後に礼拝堂は農業用建物になり、納屋に改装されます。壁には漆喰が塗られました。

1887年、修道院長 Philibert Jolivet によって12世紀のフレスコ画が偶然、発見されます。礼拝堂は1893年に歴史的建造物に分類されました。

第二次世界大戦後、すべての建物が売却され、フレスコ画が剥がされてアメリカに輸出される可能性があったとき、イギリスの考古学者 Joan Evans が礼拝堂を保存するための資金を調達し、購入。

1947年にアカデミー・デ・マコンに寄付され、アカデミーによって保全と必要な修復が行われたんだそうです。

私は上の階に進み、扉の前でぐるっと周囲を見回しました。

上の動画で最初に映る扉が、上の階の礼拝堂の入り口です。この扉の向こうに艶やかな12世紀のフレスコ画があるはずなんです。

意を決して扉を開けると、すぐそこにカウンターがあって、女性が一人いました。まだ9:30になってないし、9:30までお待ちくださいと言われても仕方ないかも、と思いつつ、聞いてみました。

礼拝堂を訪問したいのですが、よろしいですか?

すると、、、オッケーでました!

入って見ると、礼拝堂が思ってたより小さくて可愛い。

Zodiaqueに載っていたフロアプランがこちら

奥行き13m20、幅5m40、高さ8m80とのことで、かなり小さめ。

おまけにフレスコ画だらけでびっくりです。

中を眺める様子をインスタグラムにアップしました。

これ、すっごいわ。

フレスコ画の詳細は Zodiaque を参考にして書きます。

上の写真で、四つの柱の下に並んでいる、九人の胸像はクリュニーに聖遺物がおさめられていた聖人たち。

向かって左のアーチの下、柱と柱の間にサン=ブレーズの殉教の場面が描かれています。

投獄され、断頭される様子が描かれています。サン=ブレーズはアルメニア人。フレスコ画が描かれた頃、アルメニア人がキリスト教に貢献したので、大きく描かれたと考えられているそうです。

向かって右のアーチの下、柱と柱の間にサン=ヴァンサンの殉教の場面が描かれています。

鉄格子の上で焼かれる様子が描かれています。サン=ヴァンサンというのはフランス語名で、ラテン語名は聖ウィンケンティウス。

聖ウィンケンティウスはウエスカ(Huesca)生まれでサラゴサで助祭になってバレンシアで殉教したと言われています。

フレスコ画が描かれた頃、スペイン人がキリスト教に貢献したので、大きく描かれたと考えられているそうです。

鉄格子の上で焼かれるといえば、同じウエスカ(Huesca)生まれの聖ラウレンティウスも同じ拷問を受けてたと言われていますよね。と言うか、聖ラウレンティウスが焼き網伝説の元祖っぽいそうですが。

フランスでは聖ウィンケンティウス(フランス語名はサン=ヴァンサン)はブドウ栽培の守護聖人として広く崇敬されています。

柱頭の上には、豪華な衣装をまとった女性が手を挙げています。賢いおとめ(新約聖書、マタイによる福音書25章)または聖女と言われています。

荘厳のキリストの、向かって左

六人の使徒(聖マタイ、聖フィリポ、聖パウロなど)と、小さく描かれた二人の聖人がいます。

聖パウロは聖句(phylactery)を持っています。

ちなみに、phylactery はヘブライ語聖書の文句が書かれた羊皮紙を入れた、革製で正方形の二つの小箱のこと(新約聖書、マタイによる福音書23章5節)。二つをまとめてテフィリン(tefillin)と呼びます。朝の祈りの時に男性が身に着けるもので、一つを腕に一つを額に革のひもで結び付けて、これを身につけている間は神聖な気持ちでいなければならないとされています。

荘厳のキリストの、向かって右

六人の使徒(聖ペトロなど)と、小さく描かれた二人の聖人または司教がいます。

一番上の部分は、こうなってます。

思う存分、楽しんで、見学を終えました。

外に出て車に乗り、坂を登りました。これが見たかったから。

山に抱かれ、葡萄畑に囲まれたモワヌ礼拝堂(Chapelle des Moines)。

美しい宝石のような礼拝堂です。

 

 

 

 

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