セゴビア(Segovia)<3>

2024年8月24日(土)、三番目に訪れたのはSegovia、Iglesia de los Santos Justo y Pastorです。

ここは、教会内にある壁画、ティンパヌムと木製のキリスト像「Cristo de los Gascones」が素晴らしいです。

2024年7月1日から9月8日は、カスティーリャ・イ・レオン州政府の資金援助による記念碑的建造物開館プログラムのため、火曜から日曜の11:00〜13:30と17:00〜19:00に開いていました。それ以外の期間については土曜と聖ミサのときに開くようでした。

Segovia では、8か所に行きました。以下のように8回に分けて書きます。
<1> Iglesia de San Millán
<2> Iglesia de San Clemente
<3> Iglesia de los Santos Justo y Pastor
<4> Iglesia de San Sebastián
<5> Iglesia de San Martín
<6> Iglesia Parroquial de San Lorenzo
<7> Iglesia de San Esteban
<8> Iglesia de la Vera Cruz

目次

1. Segovia へ .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(西扉口) .
5. 内観(Cristo de los Gascones) .
6. 内観(ティンパヌム) .
7. 内観(壁画) .

1. Segovia へ

セゴビア(Segovia)は、カスティーリャ・イ・レオン州セゴビア県の県都で、首都マドリードの約67km北西にあります。

教会は、町の中心部にあり、有名なセゴビアの水道橋(Acueducto de Segovia)の200メートル南東にあります。

南西側遠景

2. 概要

教会の外に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

Iglesia de los Santos Justo y Pastor 12世紀から13世紀
単身廊と単後陣の構造。
13世紀の重要な壁画。
バロック様式のヴェレス・デ・アルカヤ(Vélez de Arcaya)家の礼拝室。

「ガスコーニュのキリスト(Cristo de los Gascones)」
11世紀の木製で、可動式の腕を持つ像である。
言い伝えによると、この像は1100年頃、1085年のレコンキスタ後のセゴビアの再入植の時代に、フランス・ガスコーニュ地方の小さな村の住民が雌馬の背中に乗せて運んできたものだという。

この後は、Románico Digital を引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

Románico Digital による平面図です。東が右です。

Románico Digital より

4. 外観(西扉口)

西扉口は、アーチに簡素な装飾があります。

教会の中にあるティンパヌムの装飾とは、異なる意匠です。

西扉口

5. 内観(Cristo de los Gascones

教会の中に入ります。

身廊にて東を向く

北(左)側に増築された礼拝室の中に、「ガスコーニュのキリスト(Cristo de los Gascones)」があります。

「ガスコーニュのキリスト(Cristo de los Gascones)」

腕を曲げたり伸ばしたりすることができるつくりです。

「ガスコーニュのキリスト(Cristo de los Gascones)」腕部分

これは彩色された木製の彫刻(182 x 70 cm)で、背面は彫られていない。12世紀後半の作品であるこの彫刻は、ロマネスク様式の典型的な図像表現を継承しており、肩と肘の高さで腕が動くようになっているのが特徴である。これにより、磔にされた姿と横たわった姿の両方を表現することができ、磔、降架、聖遺物の埋葬の場面を構成することができる。類型学的な観点から見ると、ロマネスク様式のキリスト像のグループ内では珍しいバリエーションであるが、様式の慣例に従っている。何よりも、表現の硬直性と解剖学の単純化された処理が特徴である。

このキリスト像は、13世紀以降、カロリング朝時代にまで遡る聖週間の特定の典礼儀式に関連して、ヨーロッパ中に広まった木彫りの横たわるキリスト像のモデルであることを念頭に置くと、非常に興味深いものとなる。Gertrud Schiller(『Iconography of Christian Art』ロンドン、1972年、第2巻、181-184ページ)によれば、これらの作品の普及は、キリスト受難を記念する儀式が劇化されたためである。聖金曜日には、この種の像は信者から隠された場所に安置するのが通例であり、復活祭の日曜日になって再び公開された。聖なる埋葬群の一部ではない、最も古い木製彫刻の横たわるキリスト像は、1290年にさかのぼるツェレ(リューネブルク)近郊のヴィエンハウゼン修道院に保存されている。スペインには、14世紀と15世紀の例がいくつかある。これらの横たわる人物像では、伸ばした腕が体に触れ、片方の手はもう片方の手の上に腹の高さで置かれており、足は垂直に配置され、復活したキリストを表すためにまっすぐ置かれるようになっている。しかし、この教会の例ではこれらの細部は見られないため、手足の位置はロマネスク様式の十字架像を彷彿とさせる。頭部は右肩の方向にやや傾き、脚は膝を曲げ、足はほぼまっすぐで、苦もなく十字架に釘付けにできる。腕の部分は近年になって多少の変更が加えられたが、関節の仕組みはオリジナルのままの可能性もある。この点については調査によって確認する必要がある。

穏やかな表情です。

「ガスコーニュのキリスト(Cristo de los Gascones)」顔部分

6. 内観(ティンパヌム)

北壁にある鐘楼につながる扉口に、ティンパヌムがあります。

塔の下部へと続く通路で、興味深いティンパヌムで装飾されたロマネスク様式の扉口が1960年代初頭に発見された。発見当時、この扉口にはまだ、主に赤と青の色調に、貴婦人のドレスに小さな黒い斑点が散りばめられた、豊かな色彩の痕跡が残っていたが、時が経つにつれ、それらは失われてしまった。

Marqués de Lozoyaは、この場面を聖フストと聖パストル(Santos Justo y Pasto)の遺骨の発見と解釈し、J. M. Santamaríaは、墓の前の三人のマリアの場面と同一視した。一方、M. González Herreroは、この場面は聖ヘレナがキリストの十字架を発見する場面であり、エルサレムの司教で真の十字架の検証者であるマカリウスが立ち会っていると解釈した。このM. González Herreroの意見は、E. Carrero Santamaríaによって後に修正された。同氏によれば、この高位聖職者は、ユダヤ人のユダであり、スペイン語圏の受難劇では、聖ヘレナがキリストの遺物を発見するのを手助けする特別な役割を果たし、その見返りとして改宗し、キリアックという名でエルサレムの司教に叙任される。この著者は、天使が守る祭壇こそが、コンスタンティヌスの母親がエルサレムの聖墳墓に安置した聖遺物入れであると示唆している。

解釈の側面はさておき、この作品は非常に優れたものである。なぜなら、この地方には数多くのティンパヌムがあるが(セゴビアのSan MillánやセプルベダのNuestra Señora de la Peñaなど)、この作品を除いては、どれも教会内に保存されていないからである。彫刻の質の高さから、窓やその他の扉口の柱頭を彫った人物とは別の彫刻家によるものと推測され、その様式から、12世紀末から13世紀初頭のものと思われる。

ティンパヌム

7. 内観(壁画)

内陣と後陣に壁画があります。

1963年に修復工事が行われ、最初に発見されたのは、塔の基部にある小さな扉口とそのティンパヌム、そして初期ゴシック様式の「最後の晩餐」であった。その後、勝利アーチの内側に作業が進められ、バロック様式の祭壇が取り除かれると、この地域で最も優れた絵画群のひとつが発見された。

内陣と後陣の絵画

勝利アーチには「アダムとエバ」や幻想的な生き物たち、内陣の天井には神の子羊と天使たちやイエスの受難伝が描かれています。

内陣

こちらは「イエスの捕縛」(『マタイによる福音書』26章、『マルコによる福音書』14章、『ルカによる福音書』22章)、だと思います。

ユダがイエスに近寄り、接吻しています。一人が、手を伸ばして剣を抜き、大祭司の手下に打ちかかって、片方の耳を切り落としています。祭司長たちや民の長老たちの遣わした大勢の群衆が槍や斧を持っています。

内陣「イエスの捕縛」

後陣には、栄光のキリストが描かれています。

マンドルラには、香炉と弦楽器を手にした黙示録の24人の長老たちがいます。

かっこいい。

後陣

Iglesia de los Santos Justo y Pastor。教会内にある壁画、ティンパヌムと木製のキリスト像「Cristo de los Gascones」が素晴らしいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です