ミラノ(Milano)<1>

2023年8月29日(火)は1日中 Milano を巡りました。最初はサン・ロレンツォ・マッジョーレ教会(Basilica di San Lorenzo Maggiore)。その中の聖アクイリーノ礼拝堂(Cappella di Sant’Aquilino)が私の目当てです。

Cappella di Sant’Aquilino には、異教時代の美しい彫刻や5世紀頃の豪華なモザイクがあります(ロマネスクではありません)。

月曜から金曜は8:00〜12:30と15:00〜18:30、土曜と日曜は9:00〜13:00と15:00〜19:00に開きます。教会は無料ですが、Cappella di Sant’Aquilino は有料(€2)です。

私は Milano で4か所に行きました。以下のように4回に分けて書きます。
<1> Basilica di San Lorenzo Maggiore
<2> Cripta di San Sepolcro
<3> Museo del Duomo di Milano
<4> Basilica di San Celso(2023年9月7日に再訪して中を見学したので、9月7日の記録として書きます。)

目次

1. Basilica di San Lorenzo Maggiore へ .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観 .
5. 内観 .

1. Basilica di San Lorenzo Maggiore へ

Basilica di San Lorenzo Maggiore は、ミラノのドゥオーモから南西に約1kmの位置にある教会です。

夫と私は、ミラノ市内の安くて広い駐車場に車を停めて、地下鉄と徒歩で教会に行きました。着いたのは10:45頃のことです。

東側外観

赤い矢印で示した建物が Cappella di Sant’Aquilino。

建物には、ぐるりと西側にまわって、西扉口から入ります。

2. 概要

教会の中にたくさんの案内掲示がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

2002年から2004年にかけての考古学的調査によって、教会の起源は4世紀末から5世紀初頭、すなわちテオドシウス帝の晩年からホノリウス帝の時代と推定された。

この広大な複合施設の機能は、まだ解明されていない。最も信憑性の高い仮説は、帝国の霊廟である今日の Sant’Aquilino(中世の伝承によれば、テオドシウスの娘ガッラ・プラチディアにちなんだ王妃の礼拝堂)につながる、大規模な市民的儀式と宗教的礼拝の両方のための空間というものである。

サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会(Basilica di San Lorenzo Maggiore)は、ローマ時代の名残や、ルネサンス期の改築が注目されます。

私は、聖アクイリーノ礼拝堂(Cappella di Sant’Aquilino)で、5世紀頃のミラノを感じようと思っています。

3. 平面図

案内掲示に平面図がありました。

4. 外観

聖アクイリーノ礼拝堂(Cappella di Sant’Aquilino)の西には、小さな運動場があります。

Cappella di Sant’Aquilino(西側外観)

サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会(Basilica di San Lorenzo Maggiore)の西扉口から入って、右に歩くと、Cappella di Sant’Aquilino の受付があります。夫と私は、その受付で料金(2人分で€4)を支払いました。

5. 内観

料金を払って先に進むと、そこは聖アクイリーノ礼拝堂(Cappella di Sant’Aquilino)のアトリウムです。立派な門があります。

再利用された門

案内掲示によると、ルニ(Luni)産の大理石で作られた記念碑的な門(4.82 x 3.70 m)。9つの部分からなり、紀元後1世紀前半のものとされ、ほとんどの学者が北イタリアの職人の作品とみなしているそうです。再利用されたと考えられていますが、もともとどこにあったかは、わかっていません。

異教時代の美しい彫刻です。

再利用された門(部分)

この門のあるアトリウムは、一部の壁にモザイクが残っています。

門から受付を振り返ります。

再利用された門にて北を向く

案内掲示によると、アトリウムの壁はもともと「天上のエルサレム」を描いたモザイクで装飾されていました。5世紀のモザイクは、宝石をちりばめた黄金の柱に縁取られた等身大の立像が並びます。十二使徒、殉教した聖人たちやイスラエルの各部族の祖先が描かれています。

ちょっとびっくりしたのは、こちら。

これはユダで、右上の四角の中に描かれているのはタマルと双子たちなんだそう(案内掲示より)。

ユダとタマル

ユダ(ヤコブの子)とタマルといえば『マタイによる福音書』1章3節に出てくるイエス・キリストの祖先です。ユダとタマルが子をなした経緯は『創世記』38章に詳しいです。旧約聖書には、ときどき、びっくりするような話が展開します。私にとって、これもそのひとつ。

案内掲示によると「『娼婦のふりをして義父であるユダを誘惑し双子を産んだタマル』の珍しいエピソードは受肉を可能にした勇気ある模範的行為として引用されました。」

びっくりするような話の展開が、中世初期には勇気ある模範的行為とされていたなんて、、、

もう、何が何やら。

さて、モザイクは、聖アクイリーノ礼拝堂(Cappella di Sant’Aquilino)の中に、もっとあります。

再利用された門にて南を向く

見事なのは、こちら。

使徒たちの中のキリスト

金色の背景には、2つの水辺に挟まれた草原で使徒たちの間にいるキリストが描かれています。

案内掲示によると、年代については議論があります。5世紀より前ではないものの、図像や様式という点ではアトリウムのものより古い可能性が指摘されています。

聖アクイリーノ礼拝堂(Cappella di Sant’Aquilino)。異教時代の美しい彫刻や、5世紀頃の豪華なモザイクがあります。

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