カルピニャーノ・セージア(Carpignano Sesia)

2023年8月8日(火)、最初に訪れたのは Carpignano Sesia、Chiesa di San Pietro です。

ここは、フレスコ画が素晴らしいです。

2023年は以下の日程でガイドツアーがありました:
3月12日(日)15:00、4月16日(日)15:00、5月14日(日)15:30、6月11日(日)16:00、7月9日(日)16:00、9月10日(日)16:00、10月8日(日)15:30。

それ以外の日程については”Amici del San Pietro di Carpignano Sesia” に連絡をすることで訪問できます。私は email で予約しました。

目次

1. Carpignano Sesia へ .
2. 概要 .
3. 東側外観 ..
4. 内観(主後陣のフレスコ画) .. . 

1. Carpignano Sesia へ

私は Airbnb をチェックアウトし、から東に約34km、32分ほど運転して、中世の街並みが残る町に着きました。9:45頃のことです。

町は、かつての城塞の名残をとどめています。

堀沿いに建てられた建物は、通り(Via della Fossa)沿いに曲線状の建物として残っています。

Googleマップの航空写真

また、通用門だった建物は、今も下の階が通り(Via Castello)になっています。

そして、ちまちまと入り組んだ構造の建物や、川の丸い石を丁寧に積んだ壁、これら全てが昔の名残を感じさせてくれます。

Via Castello
川の丸石を積んだ壁

Chiesa di San Pietro は、Via Castello と Via Alessandro Manzoni とを結ぶ細い通り(Vicolo Giosuè Carducci)にあります。

北小後陣(北側遠景)

ガイドが教えてくれました。建物だけでなく、通りの敷石も、近くを流れる Ticino 川と Sesia 川の丸い石を使っているのだそうです。

2. 概要

現地に案内掲示があった他、教会内で小冊子が売られていました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

人々が暮らしていた痕跡はローマ時代に遡るが、Carpignano Sesia の城塞村(castrum)は10世紀半ばから記録されている。11世紀には de Calpiniano 家の貴族が住んでいた。 その後、村は Pombia 伯爵家の手に渡り、その後 Biandrate 伯爵家の手に渡った。

城内の教会(Chiesa di San Pietro)は住民のための礼拝所として11世紀初頭に建てられた。

11世紀後半、教会はローマ・カトリック教会に寄贈された。おそらく、第一回十字軍が行われた際に Biandrate 伯爵家によって寄贈されたもので、教皇グレゴリウス7世とその後継者たちによって命じられた教会改革の普及拠点となったのであろう。

1083年から1087年にかけて、Pombia 伯爵家がブルゴーニュのクリュニー大修道院に譲渡した土地に修道院(priorato Castelleto Cervo)が設立された。

1140年から1141年にかけて、教皇インノケンティウス2世は、同修道院(priorato Castelleto Cervo)城内の教会(Chiesa di San Pietro)を寄贈した。

18世紀までに衰退。19世紀後半に Chiesa di San Pietro はイタリア国家によって複数の買い手に分割売却された。買い手は教会内を仕切り、セラーや倉庫に改造した。20世紀に入ると Carpignano Sesia 市によって買い戻され、調査・研究と修復が行われた。

この後も、案内掲示や小冊子を引用するときに太字で書きます。

3. 東側外観

北小後陣に扉口や窓が設けられています

東側外観

また、主後陣にも扉口や窓が設けられています。19世紀後半に複数の買い手に分割売却されたせいです。

1867年8月、Rattazzi大臣は、教会財産清算法の承認を得た。その結果、礼拝や救済の目的で使用されなくなったすべての教会施設の不動産は、イタリア国家のために収用された。教会の購入者たちは財産の分割を進め、神聖な建物の内部は間仕切りによって、貯蔵庫、倉庫、穀物庫として使用される部屋に分割された。北小後陣の上には、現在も残っている部屋が作られ、かつては木製の外階段でつながったささやかな住居としての役割も果たしていた。この工事では、三後陣と北側の壁に沿って現在も見られる多数の出入り口も開けられた。

東側外観

この窓や出入り口のために、12世紀のフレスコ画の一部が失われました。

4. 内観(主後陣のフレスコ画)

教会は三身廊三後陣。

身廊にて東を向く

素晴らしいフレスコ画が残っています。

主後陣には、1140年から1160年にかけて描かれた貴重なフレスコ画がある。

主後陣

玉座のキリストの両脇に、使徒ペトロ(終末に教会の鍵を創始者に返そうとしている)、母なる教会「ecclesia mater」を擬人化した女性の像が描かれている。

この3人組のとり合わせ、興味深いです。

主後陣

ラピスラズリがふんだんに使われています。

ecclesia mater
使徒ペトロ

変な生き物がいっぱい。

変な生き物
変な生き物
変な生き物

キリストの下には、使徒たち。

使徒たち
使徒たち
使徒たち

Chiesa di San Pietro。フレスコ画が素晴らしいです。

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