ソルセ(Saulcet)<2>

Saulcet の Église Saint-Julien、続きです。壁画をみます。

Église Saint-Julien の内観:壁画(磔刑図)

クワイヤは長年にわたって大規模な改修が行われ、オリジナルの装飾はごく一部しか残っていない。

Église Saint-Julien(内観、交差部にて東を向く)

磔刑は、教会で最も古い壁画である。13世紀初頭のもので、場面下部のギリシャ風フリーズや十字架上の太陽と月の表現など、ロマネスク時代に持ち込まれた古代の装飾が施されている。十字架の両側には、聖ヨハネとマリアがキリストを取り囲む。

Église Saint-Julien の内観:壁画(磔刑図)

イエスの腕がぐにゃりとしているところも、教会の中では古い壁画のように感じます。

Église Saint-Julien の内観:壁画(聖マルティヌス)

交差部から南を向くと、窓の隣に聖マルティヌスの慈善が描かれているのを見ることができます。

Église Saint-Julien(内観、交差部にて南を向く)

西暦330年ごろ、ローマ軍の仕官だったマルティヌスは、ガリアのアミアンに派遣されていました。とても寒い晩、半裸で震えている物乞いを見て、気の毒に思ったマルティヌスは自分のマントを半分に切り裂き、物乞いにかけてやりました。イエスの言葉「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」(マタイによる福音書25章40節)を実行したんです。やがてキリスト教徒になったマルティヌスは除隊。その後、ガリア地方初の修道院をリグージェに設立し、トゥールの司教になりました。田舎に福音を伝道し、小教区を設立するなど、ガリア地方の布教者として初期キリスト教時代の信仰に決定的な影響を与えました。

Église Saint-Julien の内観:壁画(聖マルティヌス)

物乞いが、ふんどしかオムツみたいなのを身につけているのが気になってしまう。。。

Église Saint-Julien の内観:壁画(聖ルイ)

後陣の丸天井の上には、癒し手としての聖ルイの評判を思い起こさせる場面が描かれている。

Église Saint-Julien(内観、交差部にて南を向く)

病人や足の不自由な人が、聖人に治療を求めにやってくる。巡礼者たちの衣装は13世紀末か14世紀初頭のもので、聖ルイの姿は、彼の墓、より正確には、残念ながら百年戦争で消失した彼の横臥像と認識されている。ニンブスがないことから、1297年に行われた王の列聖の前に描かれたものであると考える美術史家もいる。つまり、1270年(国王の死)から1297年(国王の列聖)までの間である。

Église Saint-Julien の内観:壁画(聖ルイ)

聖ルイは、フランス封建王政の最盛期の王で,正義の王とされたルイ9世です。

Église Saint-Julien の内観:壁画(絞首刑の男の奇跡

南側廊と身廊を隔てるアーチの上に描かれています。

Église Saint-Julien(内観、南扉口にて北を向く)

ひざまずいた女性たちが、絞首台に吊るされた小さな男の子を抱き上げる聖ヤコブを見上げています。聖ヤコブは巡礼者が持つような袋をたすきがけにした姿です。

Église Saint-Julien の内観:壁画(絞首刑の男の奇跡、部分)

サンティアゴ・デ・コンポステーラに向かう巡礼者の奇跡の物語には、多くのバージョンがありますが、こちらの壁画はおそらく、父と息子の物語です。

ある父と息子が、サンティアゴ・デ・コンポステーラに向かう巡礼の途中、ある宿に立ち寄ったところ、宿の主人は貴重な食器を彼らの持ち物の中に隠し、二人を盗みの罪で訴えます。無実を訴える二人でしたが、判決はすぐに下されて判事が絞首刑を宣告。父のコンポステーラへの旅を守りたい息子は、自分を犠牲にしてその刑を受け入れます。しかし、巡礼からの帰途に立ち寄った父は、聖ヤコブの救いにより、生きている息子を見つけます。

こちらの壁画では、聖ヤコブが息子を救っていますが、聖母マリアが息子を救うバージョンの歌があります。(Cantigas de Santa Maria 175)

また、絞首台で体をささえられるのではなく、丸焼きにされた鶏が鳴くという奇跡のバージョンが有名ですよね。(バルセロスの雄鶏伝説)

Église Saint-Julien の内観:壁画(三人の死者と三人の生者

隣の、身廊と北側廊を隔てるアーチの上には、中世後期に流行したもうひとつの伝説、「三人の死者と三人の生者」のエピソードが描かれています。

三人の死者はさまざまな境遇で、輝かしい浮世を過ごした来歴を持ちますが、

Église Saint-Julien の内観:壁画(三人の死者と三人の生者)

こちらの壁画では、骸骨の1つが持つミトラ (司教冠)で司教だったとわかります。

Église Saint-Julien の内観:壁画(三人の死者と三人の生者、部分)

写本の詩(the ‘De Lisle Psalter’ f. 127v)では、3人の若い貴族が狩りに出ていたとき、3人の死者に出くわします。3人の死者は彼らに「忘れるな、お前たちもいずれ我らのようになる、手遅れになる前に行動を改善せよ」と諭します。

若い貴族が、ハンサムです。

Église Saint-Julien の内観:壁画(三人の死者と三人の生者、部分)

馬具も豪華そうです。

Église Saint-Julien の内観:壁画(栄光のキリスト

教会の見学の最後には、教会の南西の角を訪ねます。

Église Saint-Julien(内観、南側廊にて南西を向く)

教会の北西の角(訪問の最初の頃にみました)にも「栄光のキリスト」があるので、二つの側廊の西の端にはそれぞれに「栄光のキリスト」の天井画が描かれていますが、、、

これは、建物の中で最も保存状態の良い装飾の一つです。

Église Saint-Julien の内観:壁画(栄光のキリスト

キリストは右手で祝福をし、左手は世界を支配する力を表す十字架で飾られた地球儀に置いている。その周りには、福音書記者の象徴が描かれている。

私にしては珍しく、13世紀以降の作品についてじっくり書いちゃいました。「絞首刑の男の奇跡」や「三人の死者と三人の生者」など、中世にたびたび使われるテーマがあって興味深かったので。

Église Saint-Julien。12世紀にさかのぼる建物には、13世紀から14世紀頃の壁画がいっぱいです。

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