ボローニャ(Bologna)<3>

聖ステファノ教会群の中の、Chiesa del Santo Sepolcro を見学します。

教会の名前

Chiesa del Santo Sepolcro は「聖墳墓の教会」という意味です。

昔は聖ステファノと呼ばれていましたが、エルサレムにあるキリストの聖墳墓を模した教会をこの名前で呼ぶことで、新エルサレムの象徴としています。

現地の案内

現地の案内には、こんな風に表示されていました。

現地にあった案内

こちらの表示では、chiesa(教会)ではなく edicola(小礼拝堂)と書いてありますが、ま、気にしない。

11世紀から12世紀のものと書いてありますが、1117年にこの地方を襲った地震の後に建築された形が主要な構造になっているように思います。

また、こんな案内もありました。

現地にあった案内

和訳すると:エルサレムの聖墳墓を再現したもので、8世紀にさかのぼる。2000年までは、ボローニャの守護聖人である聖ペトロニウス司教もここに埋葬されていた。現在、彼の遺体はマッジョーレ広場にある同名の聖堂に安置されている。聖墳墓は、復活祭の8日間にのみ開放され、信者は福音書に書かれている(マルコによる福音書16章参照)ように「からっぽの墓」ことを観るために入ることができる。内部には、エルサレムの聖墳墓の原型となる岩の遺物がある。

さて、見学しましょう。

構造

等間隔にならんだ12の支柱が八角形を支えています。

Chiesa del Santo Sepolcro、12本の支柱と支柱の間に見える説教壇

内側の円周上に等間隔で配置されている12の支柱を、多数の半円アーチを持つ、外側の八角形の石積みが囲む構造になっています。

12の支柱は円柱で、そのうち7つが大理石、その他は煉瓦でできています。

大理石の支柱は再利用でしょう。

もともとの構造では、支柱は12ではなく8でした。

1117年の震災後の再建で、プランが拡大されて高さが増し、トリビューンが追加されました。

そのため、支柱の数を増やす必要があったのです。

Chiesa del Santo Sepolcro、トリビューン

19世紀に、壁やドームはしっくいでぬりかためられ、フレスコ画が描かれました。

19世紀末にしっくいを取り除いたため、うつくしい石積みがあらわになっています。

聖ペトロニウスの霊廟

最後に、聖ペトロニウスの霊廟を見ます。

説教壇の変わった格好で、階段が側面を巻きながら上に向かって登っていくようになっています。

正面には3つの浮き彫りがはめ込まれており、大理石の柱で分けられ、上に三つ葉のアーチがあります。

3つの浮き彫りは、14世紀のスタッコ(化粧しっくい)で、イエス復活の話が展開します。左には3人のマリア、右には眠っている衛兵、中央にはからっぽの墓に座って復活を告げる天使が描かれています。

下部には、聖遺物をみることのできる小さな窓があり、3段の八角形のステップがのびています。

説教壇の左側には、側面に2つの浮き彫りを持つ壇が、低い高さで延長のようにつけられています。

Chiesa del Santo Sepolcro、説教壇

2つの浮き彫りには、正面に雄牛と鷲、側面に天使と獅子という福音書記者のシンボルが描かれています。

Chiesa del Santo Sepolcro、説教壇

この浮き彫りも14世紀前半に制作されたスタッコ(化粧しっくい)ですが、当初の設置場所はChiesa dei Santi Vitale e Agricola だったと聞きます。

Chiesa del Santo Sepolcro の外観

外観も見ましょう。

Chiesa del Santo Sepolcroは、聖ステファノ教会群の3つの主な教会の真ん中です。

聖ステファノ教会群の3つの主な教会(西側外観)

フェンスと植物があって見づらいのですが、近寄るとこんなふう。

Chiesa del Santo Sepolcro (西側外観)

ちょっとかわいらしい感じでしょ。

Chiesa del Santo Sepolcro、ビザンチン時代(6世紀から8世紀)に遡る教会は、ロマネスク様式の魅力ある姿です。

次回、Cortile di Pilato を見ます。

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