カベスタニー(Cabestany)<1>

リュー・ミネルヴォワ(Rieux-Minervois)で見学して昼食を終えると、1時半くらいでした。

カベスタニー(Cabestany)に向かいます。
Rieux-Minervois から Cabestany は車で南東に約100km、1時間半の道のりです。

まず、Centre de Sculpture Romane Le Maître de Cabestany へ。「ロマネスク彫刻センター、カベスタニーの親方」って意味ですかね。

入り口は西側です。うっかり東側と思い込んでいた私は、入り口を探してぐるっと歩きました。ちと疲れた。。。私みたいに間違う人は居ないかも知れないけど、念の為に。

下の地図で緑色の部分は広場で、それを通り抜けると Centre de Sculpture Romane の建物の玄関があります。

「こちらが入り口」と書いた場所から、東を向いて撮った写真が、こちら。

受付で入場料を払うと薄いリーフレットをくれて、それに、こう書いてありました。

「Le Maître de Cabestany」は中世の突出した彫刻家で、120の彫刻作品によって12世紀後半の石工師たちに強い影響を与えました。スペイン、フランス、イタリア、そして今日ではアメリカでも、その作品をたどることができます。

???下調べした時、カベスタニー の親方の正体は特定されてないって聞いたんだが?特定したって言いたいの?

と疑問に思いました。

そして受付では、ラミネート加工された案内シート(英語版)を貸してくれました。帰りに返して下さいって。A4サイズで4枚。両面の全8ページにわたって説明があるやつ。

これは、ありがたい。読んでみると、おおよそ次のような内容でした。

● Cabestanyの教会にあるタンパンは、長い間、注目されていませんでした。 1932年に、歴史家や芸術家が、その特殊な表現の特徴に気づきました。1940年代には、地域内の同じ特徴を持つ他の彫刻と比較され、未知の芸術家によって作られたと判断されました。その芸術家は「Le Maître de Cabestany」と名付けられました。その特徴は、特に手と顔の上部の表現に顕著です。目は大きく、楕円形で窪みがあり、力強い鼻で結ばれていますが、口は小さく、顎はほとんど存在感がありません。

● 「Le Maître de Cabestany」が繰り返し使った主題は、聖母被昇天(Cabestany と Rieux-Minervois )、ダニエルとライオン(Saint Papoul と Saint’ Antimo)、生誕とキリストの幼年期(Sugana と Le Boulou)です。

テーマ1:聖母マリア
エフェソス公会議でマリアが「神の母」と定義されると、キリスト教における彼女の役割がより重要になり、多くのロマネスク教会が彼女に捧げられました。彼女は人間に救いの道を与えるもので、教会の根源の1つと考えられるようになりました。

テーマ2:天使
天使は神のしもべで、神の使者です。天使は神の軍隊を構成し、悪魔を殺す大天使ミカエルが、その軍隊を導きます。ロマネスク美術では、天使は翼のある男性として表されます。 

テーマ3:ライオン
古代から象徴的に扱われ、動物の王と考えられています。たてがみは太陽の光線のようで、勇敢で賢く、常に用心深いため目を開いて眠ります。こうした性質から、キリストと神を象徴していると考えられるようになりました。
また、恐ろしい存在でもあり、獲物全体を飲み込む時には、悪魔や地獄の象徴とも考えられます。

● 「Le Maître de Cabestany」の時代:
コンポステーラからエルサレムにいたる地域の12世紀は「美しい中世」の時代であり、ロマネスク建築が発展し、彫刻、絵画、ステンドグラス、モザイクなどのある、より華やかな建物が建設されました。グレゴリウス改革後、カトリック教会はさらに強くなりましたが、その時点では、地中海地域は混乱していました。スペインではレコンキスタが、中東では十字軍が、その景観を変えていました。これと並行して、ヨーロッパで最初の経済的な交差点であったシャンパーニュの大市では、遠く離れた地域を結ぶ商業が発展し、人々は巡礼路を行き交いました。

ラングドック、カタルーニャ
その時代、ラングドックとカタルーニャは強い関係を持っていて、芸術的には1つの地域と見ることができます。2つの地域は一人の司祭の下にあり、トゥールーズとバルセロナがラングドックとプロヴァンスの支配をめぐって政治的に争っていました。
多くのロマネスク建築を発注したのは教会でした。回廊装飾や柱頭彫刻にみられるように、12世紀の初めから、特に顕著です。また、トゥールーズ、コンク、モワサック、リポイ、サン・ペレ・デ・ロデスでみられるように、大きな聖堂の扉口が画期的なデザインの対象になりました。

イタリア北部
主要な巡礼路にあるこの地域は、ロマネスク美術の発展に重要な役割を果たしました。建築の古代様式に忠実であると同時に初期キリスト教の建物が豊富で、ビザンツ様式の影響力が強かったのです。また、10~11世紀に発展したロンバルディアという建築様式はヨーロッパ全土に広く普及しました。

(この後、この時代のオーヴェルニュ、ブルゴーニュ、アキテーヌとポワトゥー、ラングドック、プロヴァンスについて書いてありましたが、割愛します。)

● 「Le Maître de Cabestany」は誰なのか? 可能性は5つ

1. 誰でもない
50年にわたり、私たちは共通点を強調して彫刻を「Le Maître de Cabestany」の作品として来ました。しかし、共通の特徴があっても、共通の起源とは限りません。偶然かもしれないのです。

2. 時代に同調しない、良い芸術家
異なるスタイルの色々な彫刻から、時代に同調しない芸術家がイメージできます。共通点が認められる全ての彫刻を作ったのではなく、カベスタニーのタンパンのような最も重要なものだけを作ったのかもしれません。

3. 独立した彫刻家で巡礼者
独立した彫刻家で、ラングドックとカタルーニャの様々な建築計画に時々参加し、また、旅人として巡礼してナバラとトスカーナで作品を残したのかもしれません。

4. ワークショップの責任者でプロの彫刻家
プロの彫刻家で石工師であり、建築家。よく知られているナルボンヌ教区でワークショップを持ち、多くの助手を抱えて、自ら手がけていない作品の中にも影響力が遍在したのかもしれません。

5. 宗教的な人物、聖職者
芸術、彫刻に長けた聖職者だったのかもしれません。共通の特徴を持つ作品のほとんどが、ベネディクト会の修道院にあります。11~12世紀、ナルボンヌはラングドックとカタルーニャの宗教上の中心地でした。

こんな風に、その時代の様子や地域の特色について、分かり易く書いてありました。

私が気になっていたのは「Le Maître de Cabestany」って誰?という部分でしたが、やはり、はっきりした答えは無かったです。

ただ、ちゃんと「偶然かも」という可能性を最初に書いてあったところに、好感もちました。もし「絶対すごい立派な人物で、あれも、これも、ここカベスタニーが生み出した天才が作ったんだ!」とか言ってたら、興ざめでした。

そして、展示を見ました。彫刻の複製が、ずらり。

例えば、Rieux-Minervoisの彫刻は3点が展示してありました。

1、聖母被昇天の複製

参考までに、現地で撮影した写真は、こうでした。

説明書きは、フランス語とカタルーニャ語のみ。ひとまず写真に撮って、後で読みました。

話がロマネスクから飛びますが、、、道路の行き先表示を含め、 Roussillon はフランス語とカタルーニャ語の二言語表示なんです。

ラングドック=ルシヨン地域圏(Languedoc-Roussillon)は、一つの地域圏ですが、Languedoc と Roussillon とでは随分、印象が違います。Languedoc はフランスで、Roussillon はカタルーニャ。Languedoc ではフランス人がフランス語を話すけど、Roussillon ではカタルーニャ人や理解のあるフランス人が二言語以上を使うイメージ。フランス語を話す場合にも、ネイティブじゃない人を気遣って分かり易く伝えようとしてくれるし、英語、スペイン語を話す人も多くて、人の言うことを聞こうとしてくれるんです。(あくまでも個人的な印象です。)

ロマネスクの展示の話に戻ります。

2、ライオンの複製

参考までに、現地で撮影した写真。
ライオンの上のもみじ饅頭みたいなのが、本物は美味しそうです。

説明書き

3、笛吹き三人組の複製

参考までに、現地で撮影した写真

説明書き

彫刻の複製の他には、主だった地域の美術史年表や、ロマネスク建築の傑作の写真が掲載されている巡礼路の地図などが展示してありました。大変分かり易くまとまっていました。

特別展示もあり、私が行った時はメキシコの芸術家の作品が展示してありました。

Centre de Sculpture Romane Le Maître de Cabestany、良かったです。

次回は、Cabestanyの教会でタンパンを見ます。

 

 

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