大聖堂の見学を終え、昼食も終えたところで、修道院(Abbey of Saint-Germain d’Auxerre)に行きました。
目当ては地下聖堂(crypt)です。
修道院名にある Saint-Germain、日本語では聖ゲルマヌスと呼ばれます。この名前の聖人は複数いますが、オーセールの聖ゲルマヌス(378年頃~448年頃)は、ここの名門貴族でオーセールの司教になった人です。この修道院教会の crypt に墓があります。
でも私の目当ては墓ではなく、そこに描かれた「聖ステファノの生涯」のフレスコ画。9世紀のもので、鮮やかな色彩は到底期待できないのですが、見ておきたくて。
その crypt には一時間おきに催行されるガイドツアーでのみ、行くことができます。私が行った9月は午前の部は9時~12時、午後の部は14時~18時でしたから、午後の部の初回である14時を目指して昼食を済ませました。
いざ。
13:45頃に着くと、まだ閉まっていました。
13:57になり扉の前に行きますが、まだ開いてない。
まさかだけど別の所に集合場所があって私が知らないうちにツアーが始まって私は15時の回にまわされてしまう、なんてことになったら、この後の予定が厳しくなります。私はあせり始めました。
14:00過ぎて、ようやく扉が開き、大勢の人が一気に中に入りました。目の前のカウンターでは一人の男性がながながと質問。一人きりの女性スタッフが返答しているのですが「crypt にはガイドツアーでのみ、行けます。案内はフランス語で行われます。一時間おきです。写真撮影は禁止です。」と英語とフランス語で何度も繰り返し言っています。
もしかして、ここはインフォメーション・カウンターで、ガイドツアーの集合場所は別の場所?もう始まってたら、どうしよう?と不安になった私は、ここをすっ飛ばして(←間違いです。後でここに戻ってくることになるんですなあ、これが)カウンターの右奥の階段を降りてみました。
階段の下は回廊でした。進むと、ガイドツアーの集合場所入口の表示がありました。
もちろん時刻は、とっくに14時を過ぎていますから、あわてて中に入ると、老夫婦が一組だけいました。私と夫をみると、男性が「フランス語か英語をお話しになりますか?」とフランス語できいてきました。私は「英語の方が得意です」と英語で答えました。男性も英語で「そうですか!私も英語の方が良いんです。ガイドは未だ来ていませんよ」と笑顔で教えてくれました。
はー、良かった!14時からのガイドツアーに間に合ったらしい。
男性が続けます。「ガイドは本当は英語を話せるんですよ。ツアー参加者に英語での案内を希望する人が多ければ、英語で案内してくれるんじゃないかと思うんです。だからあなたが英語のほうが得意ときいて、うれしいです。」
私は「そうなんですか。私も英語で案内してもらえると助かります。私は、こちらに来る前にフランス語を猛勉強しましたが、難しくて。」と答えました。
女性が言います。「彼もそうなの。フランス語を猛勉強したんですよ。」
男性が言います。「フランス語は母音の種類が多くて、発音が難しいんですよね。僅かな発音の違いで全く別の意味になってしまいますし、やっかいです。」
こんな話をしていると、徐々に人が集まって15人くらいになり、最後にガイドの女性が現れました。すると、皆さんガイドにレシートを見せています。
あちゃー。私、そのレシート、持ってないぞ?
ガイドが私を見て、フランス語で「チケットをお持ちではないのですか?」とききます。
私はあせって、英語で「今すぐチケットを買って、すぐに戻って来ても、よろしいですか?」ときき、ガイドさんが両目を閉じて深くうなずくのを見るや否や、走り出しました。
そう、あのカウンターでチケットを買わないといけなかったんですねえ。
おさらいします。
修道院のガイドツアーは、この扉を入って
このカウンターでチケットを買って
回廊を進んで右手にあるここを入った正面の椅子の所で待つんです。
14時からのツアーだからと言って、14時前に手続きを始めるわけじゃあ、ありません。14時に扉が開いて、それから徐々に手続きするんです。あせっちゃあ、いけません。
チケットを購入した私は大急ぎで集合場所に戻りました。そしてフランス語で、ガイドに「どうぞ、マダム」と言ってチケットを見せ、待たせてしまった約15人のツアー参加者達に「すみません」と謝りました。約15人は、多くの方が表情や両手を広げるジェスチャーで「全然」と答えてくれました。
みなさん、優しい。
ガイドは私のチケットを確認するとペラ紙を一枚くれました。こちら。
そしてフランス語で「これから案内を始めますが、フランス語ですよ」と言います。私は、つい、目を見開いてガイドを見つめ、心の中で(英語なし?)と残念な気持ちになりました。
ガイドはまず、イーゼルに乗っている複数のフリップを使って修道院の歴史と構造の概要を話してくれました。フランス語で一通り説明した後、なんと、その内容を英語で話してくれます。
やったー!
(ありがとうマダム)と心の中で感謝しました。もう「ガイド」ではなく「マダム」と呼んじゃいます。マダムは、この後、ツアー最後までずっと、フランス語の後で英語を使う形で、二ヶ国語で案内してくれたんです。
修道院は448年頃に亡くなった聖ゲルマヌス縁の場所で、没後に墓が設けられました。6世紀に聖ゲルマヌスを葬送するバシリカとして拡張された後、9世紀のカロリング期や11世紀~14世紀の中世期に拡張工事が行われるなど繁栄しましたが、18世紀から危機的な時期を迎え、国家財産として売却されました。20世紀にようやく修復や考古学研究が行われ、美術館として利用されています。
私たちは、その後、場所を移動して crypt に入りました。残念ながら写真撮影が禁止されています。
私が気に入ったのは、カロリング期のヴォールトや後陣の装飾。優美で崇高で、素晴らしかった。
一番有名なのは何と言っても石を投げられている聖ステファノでしょう。右上の手は神です。新約聖書に詳しく書いてありますが、エルサレムの人々が投げる石によって聖ステファノは殉教しました。
マダムによればヨーロッパ最古のフレスコ画で、9世紀のカロリング期のもの。実際に見たとき、私は想像以上に大きくて色鮮やかなことに驚きました。
crypt を保護するために訪問者用の通路が用意してあって、そこ以外には立つことすらできないんですが、そのせいもあって広くない場所が一層、狭くなってるんです。約15人全員が同じ箇所を一度に見るなんて、ほぼ無理。参加者は譲り合い「こちらのほうが良く見えますよ、ほら、あれです」なんて教えあいながら進みました。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、最後に階段の手前は少しだけ広くなっていたので全員が立つことができたんです。マダムが「ここでツアーは終わりです」と言うと拍手が起こりました。
その時、あの最初に声をかけてくれた老夫婦の男性がフランス語で静かにこう話しました。「みなさん、英語での案内が加わることを堪えてくださり、ありがとうございました」
もう一度あたたかい拍手が起きて、ツアーは終わりました。
参加して良かったです。とても良いツアーでした。
外に出ると猫がくつろいでいました。
Auxerre、可憐で美しい町でした。きっと、また、来ます。
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