2025年4月27日(日)、最初に訪れたのはJumièges、ジュミエージュ修道院(Abbaye de Jumièges)です。
ここは、ノルマンディー地方で最も古いベネディクト会修道院のひとつです。ノートルダム教会はロマネスク様式の傑作で、そのファサードはノルマンディー・ロマネスクを特徴づけています。また、サン・ピエール教会にはカロリング朝時代の貴重な遺構が残ります。
2025年、修道院は以下の日程で開いていました。有料(€7)でした。
4月15日から9月15日は毎日9:30〜18:30
9月16日から4月14日は毎日9:30〜13:00と14:30〜17:30
目次
1. Jumièges .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. ノートルダム教会(ÉGLISE NOTRE-DAME) .
5. サン・ピエール教会(ÉGLISE SAINT-PIERRE) .
1. Jumièges
ジュミエージュ(Jumièges)は、ノルマンディー地域圏セーヌ=マリティーム県にある村で、県都ルーアンの約20km西にあります。
ところで、車でノルマンディー地域圏を移動するときは、フリーフローの有料道路(2025年現在はΑ13とΑ14)にご注意ください。料金所がなく、オンラインで支払います。
さて、修道院は、村の中心にあります。
二つの塔の手前にあるポーチ(PORTERIE)と呼ばれる建物で見学料を払うと、ポーチ(PORTERIE)の向こうにある修道院に入ることができます。

2. 概要
修道院の中に案内板がありました。また、見学料を払うとリーフレットをもらえました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。
偉大なベネディクト会修道院
ジュミエージュ修道院(Abbaye de Jumièges)は、ノルマンディー地方で最も古いベネディクト会修道院のひとつである。654年、聖フィリベルトゥスの主導による修道院の設立を支援するため、バルティルド王妃が王室の土地の一部を寄進した。しかし、841年、ヴァイキングの侵略により、この最初の宗教活動の勢いは中断された。
11世紀には、この地域で採用された修道院改革と公爵の寛大な支援により、修道院は再び繁栄を取り戻した。この時期に再建されたノートルダム修道院は、公国で最も高いロマネスク様式の教会であり、写字室も整備された。修道院の経済的な繁栄により、修道士たちはいくつかの新しい建設工事を行うことができた。
百年戦争は大きな変化の時期であった。1415年から、イギリス軍がノルマンディーを占領し、修道士たちはルーアンに避難を余儀なくされた。混乱した状況の中で、修道院は名目上の修道院長の管理下に入った。
17世紀、聖モーレ会がジュミエージュ修道院に定住すると、精神的、物質的な復興が起こった。その後、1791年のフランス革命の際に、修道院は国有財産として売却され、採石場となった。19世紀、ロマン主義者たちがこの修道院を再発見したことで、この遺跡の破壊は止まった。
かつては、すごく立派な修道院だったようです。
1678年の図面に基づいて復元されたこの全体図では、現存する部分が赤色で示されている。修道士たちの生活の場4️⃣と回廊3️⃣は完全に失われたが、ロマネスク様式の傑作であるノートルダム教会1️⃣、カロリング朝時代の貴重な遺構が残るサン・ピエール教会2️⃣、1670年頃に建てられた修道院長の住居5️⃣は、今でも見ることができる。

この後は、リーフレットを引用する時に太字で書きます。
3. 平面図
リーフレットによる平面図です。東が上です。
青色で示されているのがノートルダム教会(ÉGLISE NOTRE-DAME)、緑色で示されているのがサン・ピエール教会(ÉGLISE SAINT-PIERRE)です。

訪問案内図は、東が右下です。

① ポーチ(PORTERIE)
修道院の入口にある14世紀のポーチは、優雅なゴシック様式を今に伝えている。内部では、植物文様を彫刻した要石を持つリブ・ヴォールトが今も観察できる。現在は受付として使用されている付属建物は、元は馬小屋であった。1853年に廃墟を購入したルペル=コワネ家によって、ネオ・ゴシック様式の住居へと改築された。
② 宿泊施設(HÔTELLERIE)
管理人の事務所の軸線上にある12世紀の建物は、修道院の重要な客人を迎えるのに適していたようである。全長35メートルの部屋の外壁には、精巧な幾何学模様が施されている。その後、宿泊施設は貯蔵庫に改築された。1664年、モーリスト会は修道院の図書館を設置するため、この建物を増築した。
③ 食堂(RÉFECTOIRE)
かつての食堂は、西壁と、そこに開けられた大きな窓だけが残っている。もともとこの建物は回廊の一辺を閉じていた。食堂の下には、中世に独房用の地下室が設けられていた。
⑫ 回廊(CLOÎTRE)
瞑想と移動のためのこの場所は完全に破壊された。最後の回廊は1530年に建てられ、回廊は華麗なゴシック様式とルネサンス様式が混在していた。東側は、12世紀から13世紀にかけて修道士が埋葬された石棺が見られる会堂に通じていた。
ノートルダム教会(ÉGLISE NOTRE-DAME)とサン・ピエール教会(ÉGLISE SAINT-PIERRE)については、後述します。
4. ノートルダム教会(ÉGLISE NOTRE-DAME)
① ポーチ(PORTERIE)で見学料を支払って、見学開始です。(⚪︎で囲んだ番号は、リーフレットの訪問案内図の位置です。)

ノートルダム教会(ÉGLISE NOTRE-DAME)
ノートルダム教会は、修道院の主要な教会である。ロベール・シャンパール修道院長が建設を命じ、その建設は1040年から1066年にかけて行われた。1067年7月1日、ノルマンディー公でありイングランド王でもあったウィリアム征服王も出席し、この教会は奉献された。

④ ファサード(FAÇADE)
ノートルダム教会の威厳のある西側のファサードは、ノルマンディーのロマネスク様式を特徴づけるものである。西側の建物には、玄関ポーチと上層のトリビューンがあり、その両脇には高さ46メートルの二つの塔が立っているが、その非対称な上部は屋根を失っている。

⑤ 身廊(NEF)
高さ25メートルのロマネスク様式の身廊は3層に分かれており、ノルマンディー地方で最も高い。下から上に向かって、側廊に面した大きなアーケード、トリビューン、そして高窓がある。元々は、平らな木製の天井があった。

⑥「シャルル7世」の通路(PASSAGE CHARLES VII)
14世紀に建設されたこのアーチ型の通路は、ノートルダム教会とサン・ピエール教会をつなぐために建てられた。その通称は、百年戦争の終結後、1449年にシャルル7世と彼の愛人アグネス・ソレルが修道院を訪れたことに由来している。
⑦ 鳥を刻んだロマネスク様式の柱頭(CHAPITEAU ROMAN À L’OISEAU)
鳥の装飾が施されたロマネスク様式の柱頭(11世紀)は、後世(13世紀)のゴシック様式の柱に囲まれているが、元々の黄土色をしている。装飾写本、木彫や象牙細工から着想を得たその様式は、この時代の特徴である。

⑧ クワイヤ(CHŒUR)
クワイヤは13世紀に再建された。七つの祭室のうち、ひとつだけが保存されている。そのゴシック様式の柱は細い円柱で補強されており、ロマネスク様式の身廊の柱とは対照的である。
⑨ 交差部(TRANSEPT)
教会が十字形であったため、身廊は直角に交わる交差部へと開かれていた。この交差部には2階建てのランタン塔が聳え立っていたが、現在は西壁と塔へ通じる階段塔のみが確認できる。12世紀末から13世紀初頭にかけて交差部が改築された際、ロマネスク様式の壁は保存され、ゴシック様式の装飾で覆われただけである。

5. サン・ピエール教会(ÉGLISE SAINT-PIERRE)
サン・ピエール教会に行きます。
サン・ピエール教会(ÉGLISE SAINT-PIERRE)
サン・ピエール教会は大幅に改築された。この小さな教会には、9世紀のヴァイキング襲来以前に遡る修道院最古の遺構が保存されている。この教会は、修道士のみ立ち入りが許された。
⑩ カロリング朝時代の部分(PARTIES CAROLINGIENNES)
西側のポーチと身廊最初の柱間を覆う部分には、二連窓の下に並ぶ一連の装飾メダリオンなど、洗練されたカロリング様式の装飾が今も残っている。

身廊南端に描かれた人物の胸像は、この時代に遡る彩色装飾の唯一の痕跡である。

⑪ ゴシック様式の部分(PARTIES GOTHIQUES)
サン・ピエール教会は14世紀に大きく変貌した。身廊の南壁には四つのアーケードが穿たれ、北側ではより大規模な工事が行われた。高窓が設けられ、クワイヤは再建された。

ジュミエージュ修道院(Abbaye de Jumièges)。ノルマンディー地方で最も古いベネディクト会修道院のひとつです。ノートルダム教会はロマネスク様式の傑作で、そのファサードはノルマンディー・ロマネスクを特徴づけています。また、サン・ピエール教会にはカロリング朝時代の貴重な遺構が残ります。
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