2025年5月12日(月)、唯一訪れたのはLe Loroux-Bottereau、Église Saint-Jean-Baptiste du Loroux-Bottereauです。
ここは、右側廊に聖アエギディウスを描いた絵画があります。
2025年、教会は毎日昼休みなく開いていました。
目次
1. Le Loroux-Bottereau .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 内観 .
1. Le Loroux-Bottereau
ル・ロルー=ボットゥロー(Le Loroux-Bottereau)は、ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏ロワール=アトランティック県にある町で、県都ナントの約15km東にあります。
教会は、町の中心にあります。

2. 概要
教会の中に案内掲示がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。
サン・ジャン=バティスト教会(église Saint Jean-Baptiste)は、1858年から1870年にネオゴシック様式で建設された。
この教会は、11世紀に建てられ、15世紀に拡張されて1794年3月に焼失した教会と、1817年から1820年に建てられたが手狭になったため1858年に取り壊された教会の、後継である。
この後は、ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Bretagne Romane』を引用する時に太字で書きます。
3. 平面図
案内掲示による平面図です。東が右です。

右側廊の壁に絵画があります。平面図には以下のように書かれています。
聖アエギディウスのフレスコ画(1170〜1180頃)
4. 内観
教会の中に入ります。

右側廊に目当ての絵画があります。

かつて「サン=ローラン礼拝堂(chapelle Saint-Laurent)」と呼ばれ聖アエギディウス(仏:Saint-Gilles)に捧げられていた小さな建物は、しばらく村役場として使用された後、1974年に取り壊された。
そのフレスコ画は、現在は教区教会の右壁に展示されている。これらは聖アエギディウスの図像を完成させるものであり、ここに描かれた主題は他のどこにも見られない。
これらの壁画はおそらく礼拝堂が建てられた12世紀末頃にさかのぼる。登場人物の衣装はフィリップ2世(尊厳王)の時代と一致している。
これらの絵画の主題は、カール大帝の生涯である。彼は妹ギゼラとの近親相姦の罪を犯したと言われている。この罪は奇跡的に聖アエギディウスに知らされた。
伝説によれば、狩猟中のカール大帝は雌鹿を傷つけ、その鹿は隠者聖アエギディウスの近くの森に逃げ込んだ。皇帝が獲物を求め現れると、聖アエギディウスは君主の過ちを啓示で知っていたため、彼を非難した。神の手助けだと悟ったカール大帝は過ちを認め、聖人の足元にひれ伏して告白した。聖人は、妹ギゼラの持参金を用意し速やかに彼女を嫁がせるよう命じた。
主要な場面は下段に描かれており、右側で皇帝が聖アエギディウスの足元に跪いているのが見える。君主の頭上には「CAROLO MAGNVS」の銘が記されている。椅子に座る隠者の上には「EGIDIVS」と読めるようである。
確かに「MAGNVS」と読めますが、これはカール大帝と、その祖父カール・マルテルを混同している可能性があります。
ヤコブス・デ・ウォラギネが書いた『黄金伝説』によると、「国王カール」は、誰にも告解できないほど大きな罪を背負っているから、自分のために天主に代願していただきたいとアエギディウスに告げ、アエギディウスのとりなしにより罪が赦されました。
そして、その注に、こうあります。「年代から考えて、メロヴィング朝フランク国王の宮宰カール・マルテル(689ごろ〜741)のことと思われる。カロリング朝初代の王ピピン3世の父にあたる。宮宰であって、王位についたことはないが、宮宰としてフランク王国の勢力を高め、その実権をにぎっていたので<国王>とよんだのであろう。」
聖アエギディウス(640〜720)の生涯の場面に、なぜ時代がくいちがうカール大帝(742〜814)を描いたのかは、わかりません。
この場面の上方、中段には城が描かれている。巨大な円塔が連なり、ドーム状の屋根で覆われた要塞化された城壁を持つ。

上段には、細身で優美な馬に乗った2人の騎士が描かれている。最初の騎士の馬は斑模様である。犬が伴っている。最初の騎手はオリファント(角笛)を吹いている。左側には、狩りが行われた森を連想させる木が描かれている。

Église Saint-Jean-Baptiste du Loroux-Bottereau。右側廊に聖アエギディウスを描いた絵画があります。
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