ランルフ(Lanleff)

2025年5月5日(月)の最後、二番目に訪れたのはLanleff、Temple de Lanleffです。

ここは、古代遺跡のような廃墟ですが、彫刻が残っていて、ロマネスク時代の円形教会だと考えられています。

目次

1. Lanleff .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(南側) .
5. 外観(北側) .
6. 外観(西側) .
7. 内観 .

1. Lanleff

ランルフ(Lanleff)は、ブルターニュ地域圏コート=ダルモール県にある集落で、県都サン=ブリユーの約25km北西にあります。

教会は、集落の北側にあり、蛇行するルフ(Leff)川の右岸にあります。

北側外観

一見すると、古代遺跡のような廃墟です。

2. 概要

教会の外に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

文書による証拠がないため、この廃墟となった建造物は幾つかの空想的な解釈の対象となってきた。初期の考古学者たちは、その円形に魅了され、偶像や太陽を祀る古代の神殿と見なした。

実際には、聖母マリアに捧げられたロマネスク様式の教会であった。19世紀に再発見された1148年の文書には、ランルムの聖マリア教会(Sainte-Marie de Lanlem)(1) がベネディクト会修道士たちに寄進されたことが記されている。

この教会は、何世紀にもわたって何度か改築されたが、修復工事によって、その元の姿の一部が復元された。

今日では、建築上の細部や彫刻装飾から、専門家らは11世紀末から12世紀初頭にかけて、エルサレムの聖墳墓教会の円形礼拝堂を模して建てられたと推測している。

その建設は時にテンプル騎士団の仕業とされることもあるが、彼らがこの地を訪れた証拠は存在しない。

(1) ルム(lem)とはルフ(Leff)川の古称である。

3. 平面図

ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Bretagne Romane』による平面図です。東が上です。

『Bretagne Romane』より

黒色が現存する部分、白色が失われた部分です。

かつては、三つの後陣があったようです。

上の平面図には、南小後陣だけが現存すると示されています。

この平面図が描かれた後に、主後陣が復元されたのかもしれません。私が行ったとき、二つの後陣がありました。

4. 外観(南側)

南に行きます。

南小後陣と、主後陣があります。

南側外観

5. 外観(北側)

北に行きます。

北側の壁は失われています。

北側外観

6. 外観(西側)

西に行きます。

西側外観

平面図によると、かつては、西に扉口があったようです。

かつての西扉口のあたりで南を向く

7. 内観

かつての建物の中に入ります。

身廊にて南東を向く

東側には、屋根があります。

身廊にて東を向く

右手前の窪みが南小後陣、左奥の窪みが主後陣です。

身廊にて北東を向く

教会の中央に行きます。

12本の柱が円形に並んでいます。

教会の中央にて東を向く

12本の柱は、柱頭を冠して、アーチを支えています。

柱頭には、簡素な彫刻があります。柱頭を三つご紹介します。

柱頭1は、上部の両角に顔があり、全体に網のような模様があります。

柱頭1

柱頭2は、上部の両角に顔があり、中央に2頭の四足獣が重なっています。

教会の北にある広場に複製が展示されているのですが、その複製には「交尾(La saillie)」と題がありました。

柱頭2

柱頭3は、上部の両角に顔があり、中央に右手で下半身を隠している人物がいます。

教会の北にある広場の複製には「慎み深いアダム(Adam pudique)」と題がありました。

柱頭3

複製は、他に「鳥の交尾(Pariade)」と題された2羽の鳥、「エバの誕生(Naissance d’Eve)」と題された2人の人物、「アダムとエバ(Adam et Eve)」と題された2人の人物がありました。

でも、それらのオリジナルが教会のどこにあるのか、私にはよく分かりませんでした。

Temple de Lanleff。古代遺跡のような廃墟ですが、彫刻が残っていて、ロマネスク時代の円形教会だと考えられています。

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