レセ(Lessay)

2025年5月3日(土)の最後、二番目に訪れたのはLessay、Abbaye Sainte-Trinité de Lessayです。

ここは、最も早い時期のリブ・ヴォールトを持つ内観が美しいです。外観では、持ち送りがかわいいです。

2025年、修道院教会は毎日9:00〜19:00に開いていました。

目次

1. Lessay .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観 .
5. 内観 .

1. Lessay

レセ(Lessay)は、ノルマンディー地域圏マンシュ県にある町で、県都サン=ローの約30km北西にあります。

教会は、村の北端にあります。

東側外観

2. 概要

教会の中に案内パネルがありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

レセ(Lessay)修道院は、1056年にラ・アイユ=デュ=ピュイ(La Haye-du-Puits)の男爵、リシャール・トゥルスタン・アルデュプ(Richard Turstin Haldup)とその息子、ウード・オ・カペル(Eudes au Capel)によって設立された。その建設は、ウィリアム征服王の後援のもと、土地、森林、漁業などの豊富な寄付によって支えられた。11世紀の終わりまでに、修道院のチャプター・ハイス、クワイヤ、トランゼプト、そして身廊の二つの柱間が完成した。

最初のベネディクト会修道僧たちはベック・エルアン修道院(abbaye du Bec-Hellouin)からやってきて、教会は1178年に奉献された。2人の王と2人の教皇が、この教会を保護下に置いた。12世紀から13世紀にかけて、この修道院は70人の修道士、218人の家臣、九つの修道院を擁し、44以上の地域からの什分の一税によって財政的に支えられ、最盛期を迎えた。

ラテン十字形のベネディクト会式教会のレイアウトは、この時代のノルマン・ロマネスク様式の教会建築の典型である(ベルネー(Bernay)やジュミエージュ(Jumièges)でも見られる)。

しかし、1064年から1093年の間にレセ(Lessay)で革新的な技術として導入されたのが、リブ・ヴォールト(肋骨型アーチ天井)であった。これは、ヨーロッパで最初の例であり、ダラム(1104年完成)、シュパイアー(1110年)、ヴォルムス(1130年)、ロズハイム(1132年)の例よりも早い。実際、1098年にウード・オ・カペル(Eudes au Capel)が埋葬された時点で、レセ(Lessay)のクワイヤとトランゼプトは既にリブ・ヴォールトで覆われていた。

百年戦争の多くの戦いのひとつで、レセ(Lessay)修道院はナバラ王と彼の軍隊によって破壊された。1356年6月11日、ヴォールト、身廊、鐘楼に加え、修道院の宿坊と食堂が破壊された。修道士と修道院に避難していた者たちは虐殺された。1348年の飢饉とペストの暗黒期、そして戦争による虐殺で、コタンタン(Cotentin)の人口のほぼ半分が消滅した。1385年、修道院の再建が開始され、数十年後の1420年に完成した。

1484年、レッセー修道院は「コマンド(commende、空位聖職禄臨時保有)」という制度下に置かれた。この制度により国王は宗教財産を世俗組織に与えることが可能となり、フランス全土で修道院制度の崩壊を加速させ、建物は体系的に放棄された。

1707年、ベネディクト会修道士が着任し、精神的価値の回復と建築的宝物の保護が図られた。レセ(Lessay)では、クワイヤの再建と、鐘楼の古い屋根を新しい八角形のバロック様式の屋根に交換する作業を始まった。1752年から1758年にかけて修道院の建物を再建し、1778年には教会の内部が改修された。

フランス革命期に修道院の建物は売却された。レセ(Lessay)住民の要請を受け、国民議会は廃墟となった旧教会の代替として修道院を教区教会へ改築することを承認した。

19世紀から20世紀にかけて、この修道院は考古学者や建築家の関心を集め、リブ・ヴォールト(肋骨型アーチ天井)の使用がゴシック建築の起源に関する議論の中心となった。その結果、修道院には重要な歴史的研究が捧げられた。1887年に初めて撮影された図面や、特に写真がここに再現されており、唯一無二の記録を提供している。

フランスではゴシック建築が世界に誇る崇高な建築記念碑とされますから、その起源として注目されたのでしょう。

この後も、案内パネルを引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Normandie Romane 1』による平面図です。東が上です。

『Normandie Romane 1』より

黒色:1944年の爆撃後も無傷の部分
斜線:多かれ少なかれ破壊された部分
白色:崩壊した部分
点線:地下から発見された基礎

4. 外観

南東に行きます。

南東側外観

軒下に持ち送りがあります。幾何学模様のほか、動物や人物の顔が彫られています。

なんだか、かわいい。

持ち送り

髭を生やした男性の顔など、トルヴァ(Tollevast)のクワイヤの彫刻を思い出します。

持ち送り

南に行きます。

南側外観

鐘楼には、盲アーチや付け柱があります。

鐘楼

5. 内観

教会の中に入ります。

わお。

身廊にて東を向く

トリビューンがあり、見事な盲アーチが並んでいます。

交差部にて南東を向く

リブ・ヴォールト(肋骨型アーチ天井)も美しい。

交差部にて北西を向く

Abbaye Sainte-Trinité de Lessay。最も早い時期のリブ・ヴォールトを持つ内観が美しいです。外観では、持ち送りがかわいいです。

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