セリジー=ラ=フォレ(Cerisy-la-Forêt)

2025年4月30日(水)、三番目に訪れたのはCerisy-la-Forêt、Abbaye Saint-Vigorです。

ここは、6世紀に遡る古い修道院です。11世紀から12世紀にかけての貴重なノルマンディー・ロマネスク様式が残っています。

2025年、修道院は以下の日程で開いていました。
4月は火曜から日曜の11:00〜18:00
5月から8月は毎日10:00〜18:00
9月は毎日11:00〜18:00
10月は土曜と日曜の12:00〜18:00

目次

1. Cerisy-la-Forêt .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(南側) .
5. 内観 .
6. 外観(東側と北側) .

1. Cerisy-la-Forêt

セリジー=ラ=フォレ(Cerisy-la-Forêt)は、ノルマンディー地域圏マンシュ県にある村で、県都サン=ローの約15m北東にあります。

ところで、車でノルマンディー地域圏を移動するときは、フリーフローの有料道路(2025年現在はΑ13とΑ14)にご注意ください。料金所がなく、オンラインで支払います。

さて、修道院は、村外れにあります。

西側外観

2. 概要

受付でリーフレットをもらいました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

セリジー=ラ=フォレ(Cerisy-la-Forêt)に関する最古の記録は、ガリアがキリスト教に改宗したとされる6世紀に遡る。ベッサン地方で最初の伝道者の1人であるヴィゴルは、ヴォルシエンという名の裕福な領主から、セリジー(Cerisy)とその25の村々を授かった。彼は「人間も動物も殺す恐ろしい蛇」をこの地から駆逐した功績により、この土地を与えられたのである。510年頃、おそらくドルイドの祭壇があった場所に、この聖人は聖ペトロと聖パウロに捧げる修道院を建てた。

911年のサン・クレール・シュール・エプト条約により、ヴァイキングの首長ロロは、シャルル3世単純王から、バス・セーヌ(セーヌ川下流)の土地を獲得した。また、924年にはベッサン(Bessin)地方を獲得した。1032年、ロロの子孫であるロベール1世華麗公は、元バイユー司教ヴィゴルに捧げられたセリジー(Cerisy)の新たな修道院の設立憲章を制定した。修道院の歴史の初期は不明瞭なままである。エルサレムから聖遺物が比較的早期に持ち込まれたことは知られており、ロベール1世華麗公がセリジー(Cerisy)に注いだ関心を物語っている。1048年にはウィリアム征服王が聖ヴィゴルの右腕の骨一本を寄進した。

年表
510年頃:バイユーの司教ヴィゴルが、聖ペトロと聖パウロに捧げられた修道院をセリジーに建設した。
9世紀:ネウストリアはヴァイキングに侵略された。ヴァイキングは、当初は西洋キリスト教を迫害していたが、後にその熱烈な擁護者となった。
1032年:ノルマンディー公ロベール1世(華麗公)は、聖ヴィゴルに捧げる新しい修道院の設立憲章を制定した。身廊と後陣は、11世紀の最後の20年間に建設されたと思われる。
13世紀:ファサードはゴシック様式のポーチと二つの塔で装飾された。
百年戦争:惨禍の後、修道院は強化され、新しい回廊が建設された。
1502年:常駐の修道院長は存在しなくなった。修道院は「委託管理者」、すなわち収入は得られるが居住義務のない世俗の管理者によって運営された。それ以降、修道院の衰退が始まった。
1562年:プロテスタントの略奪者たちが襲撃し、建物を略奪した。
1716年〜1778年:ベネディクト修道会が修道院に定住し、大規模な改修工事を開始した。身廊の西側は教区に割り当てられ、修道士専用部分とは仕切り壁で区切られた。
1791年:最後の修道士たちが追放された。土地は売却され、修道院の建物は破壊された。
1811年:教会維持委員会は身廊の西側部分とゴシック様式の扉口を解体することを決定した。
1944年:修復工事第1段階が始まった。

この後も、リーフレットを引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

リーフレットによる見学ルート図です。東が上です。

リーフレットより

上の見学ルート図には、身廊に七つの柱間が描かれていますが、実際には東側の三つの柱間だけが現存しています。

西側の柱間は、19世紀に解体されました。現在、身廊の西壁を覆っているのは、18世紀に作られた教区教会と修道院教会との仕切り壁です。

ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Normandie Romane 1』による平面図です。

『Normandie Romane 1』より

4. 外観(南側)

南に行きます。

南側外観

身廊の南壁にある扉口から、教会に入ります。

一部の石は、魚のニシンの骨(ヘリンボーン)のように斜めに積まれています。こうした積み方は、オプス・スピカトゥム(opus spicatum)と呼ばれます。

身廊の南壁

5. 内観

教会の中に入ります。

身廊は3層で、中層にギャラリーがあります。

身廊にて東を向く

交差部に行きます。

幅が40 メートルあるこのトランゼプト(交差部と翼廊)は、ノルマンディーのロマネスク様式の教会の中で最大である。

交差部にて南西を向く

南翼廊に行きます。

身廊の下層は十字形の支柱で支えられています。

南翼廊にて北西を向く

柱頭に簡素な彫刻があります。

身廊の柱頭

聖域は神々しいです。

交差部にて東を向く

6. 外観(東側と北側)

外に出て、東に行きます。

後陣は、3層に配置された窓が特徴的です。

東側外観

北に行きます。

水面に鴨が4羽ならんでいました。

北東側外観

Abbaye Saint-Vigor。6世紀に遡る古い修道院です。11世紀から12世紀にかけての貴重なノルマンディー・ロマネスク様式が残っています。

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