カーン(Caen)<2>

2025年4月29日(火)、二番目に訪れたのはCaen、サン=ニコラ教会(Église Saint-Nicolas de Caen)です。

ここは、保存状態が極めて良好で、カーンにおける修道院教会の失われた要素を想像する助けになります。

教会は閉まっていました。私は教会の中に入りませんでした。私は観光局に事前に問い合わせましたが「教会は文化遺産の日(Journées du patrimoine)などの特別なイベントのときだけ開きます。なお、外観はご見学いただけます。」との回答でした。

Caen では、3か所に行きました。以下のように3回に分けて書きます。
<1> Abbatiale Saint-Étienne de Caen
<2> Église Saint-Nicolas de Caen
<3> Abbaye aux Dames de Caen

目次

1. Caen .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(ファサード) .
5. 内観(後陣) .

1. Caen

カーン(Caen)は、ノルマンディー地域圏カルヴァドス県の県都で、首都パリの約200km北西にあります。

ところで、車でノルマンディー地域圏を移動するときは、フリーフローの有料道路(2025年現在はΑ13とΑ14)にご注意ください。料金所がなく、オンラインで支払います。

さて、教会は、男子修道院(Abbaye aux Hommes、すなわちSaint-Étienne)から坂を350メートルほど上ったところにあります。

南東側外観

2. 概要

ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Normandie Romane 1』による概要です。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

男子修道院(Abbaye aux Hommes、すなわち1077年に奉献されたSaint-Étienne)は、すでに人口密度の高い地区の中心部に設立された。この地区は、Saint-Martin(メロヴィング朝時代にさかのぼる)とSaint-Étienne-le-Vieuxという、二つの既存の教区に属しており、男子修道院(Abbaye-aux-Hommes)の管轄外であった。修道士たちは、自分たちの単独の権威下にある共同体を設立しようとすぐに動き出した。女子修道院(Abbaye aux Dames、すなわち1066年に奉献されたla Trinité)の修道女たちやバイユーの司教との交渉により、彼らは、当時、南イタリアの征服者たちの影響もあってノルマンディーで非常に人気があった聖人、聖ニコラウスに捧げられた教会を中心に、新しい教区を設立することができた。1083年までに、この事業は完了した。ウィリアム王の勅許状には、「修道士たちが教区の必要のために最近建設した聖ニコラウス教会」と記されている。ノルマンディーのロマネスク様式の教会において、これほど明確な創設証明書を持つものは稀である。

野原の近く、町の外縁に位置する新しい教会は、創設者たちの考えでは、まもなく発展する新しい地区の中心となるはずであった。しかし、カーンはまったく別の方向、湿地帯のオルヌ川流域で発展した。
サン=ニコラ教会の周りは発展しなかった。1935年頃まで、教会の前は田園地帯だったため、この教会は長い間「サン=ニコラ=デ=シャン(Saint-Nicolas-des-Champs)」という別名で呼ばれていた。
この経済的な誤算が、むしろ、ロマネスク様式の建物にとっては幸運であった。11世紀からフランス革命まで、教会を拡張する必要は一度も生じなかった。また、教区民は裕福ではなく、何世紀にもわたって「装飾」を施す余裕もなかった。もし施されていたら、今となっては惜しまれるところであったろう。

しかし近代は教会に冷酷であった。1792年に教区は廃止され、教会は最も俗なる用途に転用された。散弾製造工場、騎兵隊厩舎、そして1931年まで飼料倉庫として使われたのである。その後、徐々に修復作業が進められた。

教会は7世紀にわたり男子修道院(Abbaye aux Hommes、すなわち1077年に奉献されたSaint-Étienne)と制度的結びつきを持っていただけでなく、建築的系譜においても同修道院に属する。保存状態が極めて良好なサン=ニコラ教会は、全ての部分が揃っているため、カーンにおける修道院教会の失われた要素(Abbaye aux Hommes のロマネスク様式のクワイヤや Abbaye aux Dames の玄関間)がどのようなものだったかを想像する助けとなる。また、ゴシック様式の追加部分(特に南側の尖塔と後陣の屋根)は、元の教会を損なっていない。

この後も、『Normandie Romane 1』を引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

ゾディアック(Zodiaque) la nuit des temps『Normandie Romane 1』による平面図です。東が右です。

『Normandie Romane 1』より

4. 外観(ファサード)

ファサードをみます。

女子修道院(Abbaye aux Dames)と同様に、外部に面したナルテックス(ただし塔の下までは延びていない)を備えている。ファサードの裏側には、身廊を見下ろすギャラリーがあり、おそらく西洋の教会建築における高位礼拝堂の古い伝統を想起させるものである。

ナルテックスの両側には、平らな付け柱で補強された、ほぼ開口部のない二つの塔の基部がある。ボシュルヴィル(Boscherville)の塔のように、これらの塔は実際に建設されたのだろうか?それはわからない。左側の塔は土台だけが残っているが、右側の塔は15世紀に、やや意外な鐘楼が上部に追加された。

西側外観

5. 外観(後陣)

ファサードの左(北)にある鉄柵は、サン=ニコラ墓地(Cimetière Saint-Nicolas)の門です。この門は、2025年5月1日から11月1日は9:00〜18:00、11月2日から4月30日は9:00〜17:00に開いていました。この門を通って東に進むと、教会の後陣を眺めることができます。

後陣をみます。

11世紀の時点で、この後陣は、身廊よりも内外ともに華やかに設計されていた。下層を2列のアーケードで囲み、中層を窓のアーチで装飾し、上層をビレットの帯で強調し、全体を持ち送り付きの美しいコーニスで冠した。そして何より重要なのは、この後陣に、地面から屋根まで立つ高い半柱を、付け柱として設置したことである。しかし、この東側の部分の見事な景観に最も貢献したのは、13世紀に建てられた、主後陣と翼廊の二つの小後陣を覆う、高い円錐形の石造りの屋根である。

北東側外観

持ち送りには、動物の頭部や幾何学模様が彫られています。

後陣の持ち送り

サン=ニコラ教会(Église Saint-Nicolas de Caen)。保存状態が極めて良好で、カーンにおける修道院教会の失われた要素を想像する助けになります。

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