2024年9月17日(火)、四番目に訪れたのはSalamanca、サン・マルコス教会(Iglesia de San Marcos)です。
ここは、印象的な円形の建物です。
2025年、教会は聖ミサの時に開いていました。教会の扉に掲示されていた聖ミサのスケジュールは以下の通りでした。
月曜から金曜の12:30、火曜から金曜の20:30、土曜の20:30、日曜の11:00と12:00と20:30
Salamanca では、2か所に行きました。以下のように2回に分けて書きます。
<1> Iglesia de San Marcos
<2> Catedral Vieja de Santa María de la Sede de Salamanca
目次
1. Salamanca .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(東側) .
5. 内観(西壁) .
6. 内観(北壁) .
7. 内観(イコノスタシス) .
8. 内観(後陣) .
1. Salamanca
サラマンカ(Salamanca)は、カスティーリャ・イ・レオン州サラマンカ県の県都で、首都マドリードの約176km北西にあります。
教会は、町の北側、古い城壁におけるサモラ門(Puerta de Zamora)の隣にあります。

ここサン・マルコス教会(Iglesia de San Marcos)を含め、サラマンカ(Salamanca)の歴史的な建物の多くは、16世紀の華々しい建築活動により、ロマネスク様式というよりも、ルネサンス様式の景観になっています。
2. 概要
Románico Digital による概要です。私が一部を抜粋して太字で和訳します。
多くの著者がサン・マルコスの創立を1178年と記しているが、教会は1202年までに既に建設されていたに違いない。この年、王自身が教会とその囲い場(corral)、管轄権をサラマンカの聖職者に譲渡し、将来の居住者を王室への奉仕や貢納から解放して入植を促したのである。これが後にサン・マルコス王室聖職者団(Real Clerecía de San Marcos)として知られる組織の起源となった。「囲い場(corral)」という表現は中世サラマンカの文書でよく見られる。この用語は教会を囲むように環状に配置された家屋群を指していた。サン・マルコスのそれはサラマンカ聖職者団に属していた。
この後も、Románico Digital を引用する時に太字で書きます。
3. 平面図
Románico Digital による平面図です。東が左です。

長い間、その独特な中央集中型の平面図は、アビラ大聖堂(Catedral de Ávila)の後陣のように城壁の角塔であったことに起因すると考えられてきた。しかし、コエジョ(Coello)の平面図(1867年)は、その仮定を否定し、教会は独立した角塔のすぐ近くに、城壁から離れて建てられていたことを示している。1768年、王立礼拝堂の建築家であり工事監督であったシモン・ガビラン・トメ(Simón Gavilán Thomé)は、教会を専門的に調査した際、北側が「城壁にほぼ隣接している」と指摘している。
私がこの教会を見たかったのは、印象的な円形の建物だからです。
なぜ円形の平面図なのか?アルバレス・ビジャール(Álvarez Villar)はこの特異性を、当初は教区教会というよりもむしろチャプター・ハウスとして使われていたためと解釈する。その利用はサラマンカの聖職者に限定され、彼らはそこで王家の追悼式や私的な祈りを執り行っていたからである。ローマのサン・ステファノ・ロトンド教会(Basilica di Santo Stefano Rotondo)、数多くのビザンチン式洗礼堂の記憶、そして東方起源の聖人(聖マルコ)への献堂、いずれも非典型的な平面図を解釈する鍵となり得る。この平面図は、周囲に席を設置するのに理想的だった。
4. 外観
南に行きます。

サン・マルコスに見られるロマネスク様式の彫刻の痕跡は、軒を支える持ち送りに限られている。
とはいえ、作り直されたものかもしれません。
そのほとんどは単純な装飾的浮き彫りか、円筒形が付いているもので、おそらくは、この教会が経験した数々の修復の際に作り直されたものであろう。

六枚の花弁を持つ葉、牛の頭、三つの球体、人物の顔、などがあります。

5. 内観
教会の中に入ります。

内部には、ロマネスク様式の彫刻の痕跡はほとんど残っていません。
ただ、祭壇を支えている柱頭は、ロマネスク様式だと思います。

サン・マルコス教会(Iglesia de San Marcos)。印象的な円形の建物です。
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