サモラ(Zamora)<6>

2024年9月17日(火)、二番目に訪れたのはZamora、サンティアゴ・エル・ビエホまたはサンティアゴ・デ・ロス・カバジェロス教会(Iglesia de Santiago el Viejo o de los Caballeros)です。

ここは、内部に素晴らしい柱頭彫刻があるようです。

私は9月16日(月)午前と9月17日(火)午前に行きましたが、両日ともに教会は閉まっていました。残念ながら私は教会の中に入りませんでした。

Zamora では、6か所に行きました。以下のように6回に分けて書きます。
<1> Iglesia de San Claudio de Olivares
<2> Iglesia de Santo Tomé (Museo Diocesano)
<3> Iglesia de Santa María la Nueva
<4> Iglesia de Santa María Magdalena
<5> Iglesia de San Cipriano
<6> Iglesia de Santiago el Viejo o de los Caballeros

目次

1. Zamora .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(南扉口) .
5. 内観 .

1. Zamora

サモラ(Zamora)は、カスティーリャ・イ・レオン州サモラ県の県都で、首都マドリードの約210km北西にあります。

教会は、町の西外れにあります。

南東側外観

2. 概要

教会の外に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

城の西側、城の下に立つサンティアゴ・エル・ビエホ教会は、かなり質素な建物である。単一の身廊と半円形の後陣を持つ。伝承によれば、ドン・ロドリゴ・ディアス・デ・ビバル(Rodrigo Díaz de Vivar)がここで騎士に叙任されたという。かつては尖頭樽型ヴォールトが架かっていたが、それはすでに崩壊し、その土台が今も残っている。また、勝利アーチに鳥、ネコ科動物、ウシ科動物、ヘビ、首と腰を縛られた猿のような姿の柱頭が連なる、内陣の柱間が現存している。スペインの建築家兼歴史家ゴメス=モレノ(Gómez-Moreno)はこれらの像を「理解不能で野蛮」と評した。

カンポ・デ・ラ・ベルダッド(Campo de la Verdad)は、1072年に有名な「サラマンカの包囲戦(cerco de Zamora)」が起きた場所である。伝説によれば、カスティーリャ王サンチョ2世が、裏切り者の騎士ベリド・ドルフォス(Vellido Dolfos)によって殺害された場所である。サンチョ2世の死後、ディエゴ・オルドネス・デ・ララ(Diego Ordónez de Lara)将軍が城壁に迫り、サモラ市民を侮辱した。当時の総督アリアス・ゴンサロ(Arias Gonzalo)は、サモラとその市民の名誉を守るため戦おうとしたが、ドニャ・ウラカ・デ・サモラ(doña Urraca de Zamora)が彼を止め、代わりに彼女の4人の息子を戦場に送り出した。4人の息子はカンポ・デ・ラ・ベルダッド(Campo de la Verdad)でディエゴ・オルドネス・デ・ララ(Diego Ordónez de Lara)に次々と殺された。その後、伝承によれば、アルフォンソ6世は、ブルゴスのサンタ・ガデア(Santa Gadea de Burgos)教会、あるいはサモラのサンティアゴ・デ・ロス・カバジェロス教会(Santiago de los Caballeros de Zamora)で、兄サンチョ2世が卑劣な死を遂げたことに一切関与していないと誓わなければならなかったという。

この後は、Románico Digital を引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

Románico Digital による平面図です。東が右です。

Románico Digital より

ガルナチャ(Garnacha)は、この教会がサンタ・マリア・ラ・ブランカ(Santa María la Blanca)に捧げられて10世紀末か11世紀初頭に創設されたと推測している。

この教会が教区教会としての役割を果たしたことは一度もないようであり、その創設の理由についてはまったく不明である。

4. 外観(南扉口)

扉口は、南壁にひとつだけです。

簡素な市松模様があります。

南扉口

5. 内観

私は教会の中に入りませんでした。

案内板による画像です。

勝利アーチに一連の柱頭彫刻があるようです。

案内板より

また、尖頭樽型ヴォールトを支えていた柱頭に、素晴らしい彫刻があるようです。

Románico Digital による画像です。

Románico Digital より

この建物は、この県で最も古いロマネスク様式の建築物のひとつであり、その彫刻は、人物やライオンがふんだんに描かれた、最も初期の像を彷彿とさせるものであると言える。これらの表現は、サン・イシドロ・デ・レオン(San Isidoro de León)で最高潮に達しているが、この場合、カスティーリャ地方、カンタブリア地方のカスタニェダ(Castañeda)やセルバトス(Cervatos)、ブルゴス地方のサン・キルセ・デ・ロス・アウシネス(San Quirce de Los Ausines)、サン・アンドレス・デ・アビラ(San Andrés de Ávila)、パレンシア地方のサンタ・エウフェミア・デ・コスエロス(Santa Eufemia de Cozuelos)、あるいはフロミスタ(Frómista)と最も関連性が高いと思われる。これらはすべて、11世紀末、あるいは12世紀初頭に建てられた建築物の重要な例である。サンティアゴ・デ・ロス・カバジェロス教会は、間違いなくこの時期に建てられたと推定される。この教会では、当時、技術力は異なるが、同じようなインスピレーションを持つ2人の石工が働いていたようだ。

サンティアゴ・エル・ビエホまたはサンティアゴ・デ・ロス・カバジェロス教会(Iglesia de Santiago el Viejo o de los Caballeros)。私は教会の中に入ることができませんでしたが、内部に素晴らしい柱頭彫刻があるようです。

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