サモラ(Zamora)<5>

2024年9月17日(火)、最初に訪れたのはZamora、サン・シプリアノ教会(Iglesia de San Cipriano)です。

ここは、内観では後陣の柱頭が良いです。外観では後陣の窓などに謎めいた浮き彫りや碑文が残っています。

2024年、教会は10:00〜14:00と17:00〜19:00(夏期は20:00まで)に開いていました。ただし、月曜は丸一日、日曜は午後に閉まっていました。有料(€1)でした。

Zamora では、6か所に行きました。以下のように6回に分けて書きます。
<1> Iglesia de San Claudio de Olivares
<2> Iglesia de Santo Tomé (Museo Diocesano)
<3> Iglesia de Santa María la Nueva
<4> Iglesia de Santa María Magdalena
<5> Iglesia de San Cipriano
<6> Iglesia de Santiago el Viejo o de los Caballeros

目次

1. Zamora .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(後陣) .
5. 内観(南壁) .
6. 内観(後陣) .

1. Zamora

サモラ(Zamora)は、カスティーリャ・イ・レオン州サモラ県の県都で、首都マドリードの約210km北西にあります。

教会は、旧市街の中心部にあります。

北東側外観

教会の東には、サン・シプリアノ展望台(Mirador de San Cipriano)があります。眺望が開けていて、南を流れるドゥエロ川や町を見渡すことができます。

2. 概要

教会の外に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

この教会は、11世紀末から12世紀前半にかけて建てられた、この町で最も古い教会のひとつである。最初の城壁の内側、今はもう失われた門のそばに位置し、ドゥエロ川を渡る人々を監視するのに戦略的な場所であった。

この教会は、三つの平らな後陣を持つ。三つの身廊は、横アーチによって補強された広い空間へと改築された。南西の角には鐘楼がそびえ立ち、上部に大きな窓が切り取られ、角に尖ったニッチがあり、スレート製の尖塔が冠されている。

この教会には、アダムとエバ、東方三博士の礼拝、地獄と栄光の暗示、サムソンの死、ソロモンの裁きなどを表現した興味深い一連の柱頭彫刻が保存されている。

また、中世のものと思われる謎めいた浮き彫りが壁面に点在し、壁画の残骸も残されている。

この後は、Románico Digital を引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

教会の中にあった音声ガイド用のマップです。東が上です。

教会の中にあった音声ガイド用のマップより

4. 外観(後陣)

後陣をみます。

北東側外観

平らな三後陣には、ひとつずつ窓があります。

三後陣の窓のティンパヌムに、浮き彫りが埋め込まれています。

南小後陣の窓の浮き彫り
北小後陣の窓の浮き彫り

特に謎めいているのは、主後陣の窓の浮き彫りです。碑文があり「使徒聖アンデレに献堂された」と書いてあるからです。

主後陣の窓の浮き彫り

この浮き彫りは現在、主後陣の窓に埋め込まれているが、前回の修復前は、建築材料の一部として、身廊の北壁を構成していた(G. Ramos de Castro、1977、図版 XLVII を参照)。この浮き彫りは3人の人物が彫られており、左側の2人は女性で、中央の女性は豪華な衣装をまとっている。右側の男性はひげを生やし、女性の手首を握っている。その上と右側には、かろうじて読める碑文が刻まれている。

… SANTI A … EE …/ APOSTOLI ……… XXXII III …/CIMENTA … ISTO LOCO EST AB ILIFONSO /ET E … ACTA EST/ CUM ALIO/ CONCEL ET/ CVM MAJE/ STER SAN/ CIVS ET/ RAIMUNDU/ QVI FECIT/ISTA FRS/ ORATE/ PRO ANI/ MAS ILLIS.

Maximino Gutiérrez が提案する転記によると、その翻訳は次のようになる。「神の御名において、使徒聖アンデレに敬意を表し、1094年の[ … ]日に、この場所はアルフォンソ(おそらく身廊北壁のアーチ型墓所の碑文におけるイルデフォンソ)によって基礎が築かれ、他の評議員たち、そして親方サンチョと、これ(碑文)を刻んだライムンドの助けによって(教会は)完成した。兄弟たちよ、彼らの魂のために祈りたまえ」。

使徒聖アンデレに捧げられた教会の建設に、3人の職人が携わっていたことが明らかである。

同じような内容の別の碑文が、身廊北壁のアーチ型墓所にあります。

二つの碑文に言及されるサン・アンドレス教会は、ここサン・シプリアノ教会の旧名称であるのか、あるいは、二つの碑文の石が使徒聖アンデレに捧げられた教会からここに移されたのか、憶測が交錯している。

この教会の近くには、かつて、使徒聖アンデレに捧げられたロマネスク教会があったようです。でも、これらの碑文がどの教会のために刻まれたのか、明らかではありません。

16世紀半ばに行われた、ロマネスク様式のサン・アンドレス教区教会の解体工事の際に、その解体材の一部が、当時工事中だったサン・シプリアノ教会に移されたと考える方がより論理的である。その中には、二つの碑文と、おそらく南壁に埋め込まれた浮き彫りの一部も含まれていたのであろう。

5. 外観(南壁)

南に行きます。

南東側外観

南壁に埋め込まれた浮き彫りをみます。南扉口の上にあります。

南扉口

この壁には、一連の浮き彫りが埋め込まれているが、その出所は不明である。

間違いなく、これらの作品の中で最も有名なのは、鎚で金床を叩く鍛冶屋が、金具で部品を保持している様子を描いたもので、その横には「VERMV /do: FERAIRIO; QVI FE/CIT MEMIORIA dE / SVA FRA/VICA」という碑文が刻まれている。

その隣には、使徒聖ペトロが、チュニックとマントをまとい、鍵を掲げている浮き彫りがあり、「PE/TRVS / APOS/TO/LVS」という碑文が刻まれている。

MARQVM ET MATEV[m] LVCAS ET IOANNES という碑文とともに、ほとんど失われかけた四福音書記者の象徴がモノグラムを囲んでいる。モノグラムの隣には、七つの頭を持つ黙示録の獣が刻まれた別の砂岩の浮き彫りがある。

南壁の浮き彫り

扉口の右(東)側には、「獅子の穴の中のダニエル」(『ダニエル書』6章)が彫られています。

南壁の浮き彫り:「獅子の穴の中のダニエル」

このシリーズを完成させているのは、José Ángel Riveraが指摘しているように、キリストの復活を描いた、大理石または石灰岩の小さな石板である。香炉を持つ天使が墓の前に立ち、その蓋には「MANOMENTV」という碑文が刻まれている。また、ひれ伏した姿のマグダラのマリアと、おそらく復活したキリスト自身と思われる、歩き出す別人の姿も描かれている。

こちらの断片は、「イエスの復活」(『マタイによる福音書』28章、『マルコによる福音書』16章、『ルカによる福音書』24章、『ヨハネによる福音書』20章)の場面のようです。

南壁の浮き彫り:「イエスの復活」

これらの浮き彫りは、出所は不明ですが、年代はロマネスク時代のようです。

これらの作品の様式については、その彫り、そして職人の未熟さを示す特徴から、プレ・ロマネスク時代のものと推定されるなど、さまざまに論じられた。しかし、その質素な様式を詳しく分析すると、後陣の窓に埋め込まれた浮き彫りや、後陣内部の柱頭、 つまり、ロマネスク様式の装飾と関連づけることになる。

6. 内観(柱頭)

教会の中に入ります。

身廊にて東を向く

三後陣の勝利アーチの柱頭をみます。

北小後陣の柱頭が、いちばん素敵です。

北小後陣北側の柱頭
北小後陣南側の柱頭

主後陣の柱頭には、「東方三博士の礼拝」(『マタイによる福音書』2章)、「アダムとエバ」(『創世記』3章)が彫られていると思います。

主後陣北側の柱頭
主後陣南側の柱頭

南小後陣北側の柱頭には、2本の柱の間に立つ男性が刻まれています。その男性は、片方の柱を右手で掴み、もう一方の手を腹部に当てています。彼の右側にはライオン、左側には鳥が彫られています。

南小後陣南側の柱頭には、3人の男性が彫られています。左(後陣)側の男性は、前髪のある髪型で、左手に杖を持っています。中央の人物は、足を組んで本を持っています。そして、右(身廊)側の男性は、右手に剣、左手に盾を持っています。

南小後陣北側の柱頭
南小後陣南側の柱頭

サン・シプリアノ教会(Iglesia de San Cipriano)。内観では後陣の柱頭が良いです。外観では後陣の窓などに謎めいた浮き彫りや碑文が残っています。

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