レオン(León)<2>

2024年9月13日(金)の最後、五番目に訪れたのはLeón、サン・イシドロ博物館(Museo de San Isidoro)です。

ここは、王家の霊廟(Panteón de los Reyes)の絵画と柱頭が素晴らしいです。ドニャ・ウラカの聖杯(Cáliz de doña Urraca)などの宝物もあります。

2024年9月、博物館は火曜から土曜10:00〜15:00と17:00〜21:00、日曜10:00〜15:00に開いていました。有料(€8)でした。回廊を除いて撮影禁止でした。

León では、2か所に行きました。以下のように2回に分けて書きます。
<1> Basílica de San Isidoro
<2> Museo de San Isidoro

目次

1. León .
2. 王たちの霊廟(Panteón de los Reyes) .
3. ドニャ・ウラカの聖杯(Cáliz de doña Urraca) .

1. León

レオン(León)は、カスティーリャ・イ・レオン州レオン県の県都で、首都マドリードの約285km北西にあります。

博物館は、サン・イシドロ教会(Basílica de San Isidoro)の西側にあります。

博物館の入口を赤い矢印で示しました。

博物館の入口

2. 王家の霊廟(Panteón de los Reyes)

保存状態の良い絵画はもちろん、柱頭も素晴らしいです。

サン・イシドロ博物館(Museo de San Isidoro)のWebサイトによる画像です。

Museo de San IsidoroのWebサイトより

サン・イシドロ博物館(Museo de San Isidoro)のWebサイトによる概要です。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

王家の霊廟は、世界的なロマネスク美術の至宝である。最も広範で、最も保存状態が良く、しかも元の場所にそのまま残されているロマネスク絵画群で飾られているからである。

王家の霊廟は、サン・イシドロ教会のナルテックス、つまり入口のポーチであった。フェルナンド1世とサンチャが家族の墓地として選んだ場所でもあった。11世紀から13世紀にかけて、33人の国王、王妃、王子、貴族たちがここに埋葬された。

その絵画装飾により、世界的に「ロマネスク芸術のシスティーナ礼拝堂」として知られるようになった。そこには、幼少期、受難、栄光という三つのサイクルで展開されるイエスの生涯が描かれている。

最も保存状態の良い場面のひとつは、羊飼いたちへの受胎告知である。オークの葉や、山羊、牛、羊などのこの地域に生息する動物たちが描かれており、レオンの山々を表している。

中央のヴォールトのひとつには、最後の晩餐が描かれている。キリストと使徒たちに加え、ワインを注ぐ役目を担った聖マルシアル(san Marcial)も描かれている。彼が手に持つ杯は、今日ではドニャ・ウラカの聖杯の一部となっている瑪瑙の杯を表している。

その技術的な質と保存状態の良さから特に際立っているのは、象徴性にあふれた像、すなわち、四福音書記者に囲まれた、全能のキリスト、パントクラトルである。

その隣には、最も有名な像のひとつである農事暦が保存されている。これは、12のメダリオンを通して、中世の農業や畜産の作業を知ることができる、時間の経過に対するキリストの力を表している。

この群像は、植物、幾何学、歴史をモチーフにした柱頭彫刻の装飾で完成されており、その中には、イベリア半島のロマネスク彫刻における、人間像としてのキリストの最初の二つの表現も含まれている。

3. ドニャ・ウラカの聖杯(Cáliz de doña Urraca)

レオン王家の宝物は、芸術的価値の高い作品で構成されており、その中には、1063年に聖イシドルスの遺骨がレオン(León)に運ばれた際に使用された小箱で、 象牙の箱はスペインの象牙細工工房の傑作であり、スカンジナビアの小さな偶像は、スペインで唯一見られるヴァイキングの遺物である。また、リモージュ製のエナメル細工の箱、ウマイヤ朝カリフの箱、エジプト産の小箱もある。

特に重要なのは、ドニャ・ウラカの聖杯(Cáliz de doña Urraca)である。

深い色の瑪瑙(オニキス)が神秘的な輝きを放っています。

Museo de San IsidoroのWebサイトより、Cáliz de doña Urraca

この聖杯は、1世紀に東ローマ帝国で制作された二つの瑪瑙(オニキス)で構成されている。
ドニャ・ウラカは、フェルナンド1世とサンチャの長女であり、レオン王国のインファンタドの女主人として、「ミオ・シッドの歌(El Cantar de Mio Cid)」に登場することで知られている。11世紀、彼女は自身の宝石を寄贈し、これらの杯を装飾して聖杯の形にした。上部には、内部全体を保護する金の杯が挿入されており、外側は真珠、サファイア、エメラルド、ビーズ、そしてローマ風のガラス製カメオで装飾されている。
両方の杯をつなぐ金製の結び目にも、ウラカが寄贈者であることを示す、金細工の刻印が残されている。そこには「IN NOMINE DOMINI URRACA FREDINANDI(主の名において、フェルナンドの娘ウラカ)」と記されている。
2014年に、ULE(レオン大学)の中世史教授であるマルガリータ・トレス(Margarita Torres)と美術史博士のホセ・ミゲル・オルテガ(José Miguel Ortega)が行った調査研究では、カイロのアル・アズハル図書館(エジプト)で発見された2枚の羊皮紙のおかげで、この作品を構成する二つの鉢が4世紀から1009年までエルサレムの聖墳墓教会にあったことが明らかになった。

サン・イシドロ教会(Basílica de San Isidoro)。王家の霊廟(Panteón de los Reyes)の絵画と柱頭が素晴らしいです。ドニャ・ウラカの聖杯(Cáliz de doña Urraca)などの宝物もあります。

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