2024年夏🌻の旅後半(スペイン)の始まりです。
2024年8月23日(金)、最初に訪れたのはEl Olmo、Iglesia de Nuestra Señora de la Natividad o de la Virgen del Olmoです。
ここは、持ち送りが良いです。
教会は閉まっていました。私は教会の中に入りませんでした。
目次
1. El Olmo へ .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 外観(北側) .
5. 外観(西側) .
6. 外観(南側) .
1. El Olmo へ
夫と私は、8月22日にパレルモ🇮🇹を出発し、その日の夕方にマドリード🇪🇸に着きました。空港でレンタカーし、Airbnbにチェックイン。翌8月23日からロマネスク巡りです。
最初の目的地エル・オルモ(El Olmo)は、カスティーリャ・イ・レオン州セゴビア県にある村で、県都セゴビアの約54km北東にあります。
教会は、セラーノ(Serrano)川沿いの平野に位置する小さな村の南東端にあります。

2. 概要
Románico Digital による概要です。自動翻訳(DeepL)に助けてもらいながら、私が一部を抜粋して太字で和訳します。
この村に関する最初の言及は13世紀初頭に遡り、1204年に司教がセゴビア司教区の参事会員に与えた衣服の貸付証書に「サンクタ・マリア・デ・オルモ」として記載されている。
この後も、Románico Digital を引用するときは太字で書きます。
3. 平面図
Románico Digital による平面図です。東が右です。

4. 外観(北側)
通りに面した北側に、鐘楼があります。
塔の下部はロマネスク様式で、身廊の北壁の最東端部分に取り付けられており、高さの約半分まで斧で加工された切石で造られている。接合と仕上げは、そこから先で著しく変化している。上部は、おそらく17世紀のものである。

身廊の持ち送りの彫刻が見事です。
しかし、間違いなく、身廊のコーニスを支える持ち送りの列に、この教会で最も優れた彫刻がある。
これらは、球体、巻物、段階的な船の弓などの幾何学的なモチーフで装飾されている。また、様式化されたアカンサスの葉、先端が丸まった滑らかな葉、二重の渦巻きそして大部分が象徴的なモチーフで装飾されている。こうしたモチーフの中、肉厚の葉の上に横たわる蛇、寝そべって頭を回す動物、ウシのような動物の頭部、ウマのような動物、ネコのような動物、シカのような動物、そして怪物的な外観を持つものなど、動物的なモチーフを区別することができる。
北側の持ち送りを六つご紹介します。
北1と北2は、植物だと思います。
北3は裸の女性、北4は裸の男性だと思います。
北5は牛、北6は舌を出す男性の顔だと思います。
5. 外観(西側)
西には、扉口があったようですが、いまは閉じられています。

西扉口には、簡素な装飾があります。

6. 外観(南側)
主扉口は、南にあります。

多葉アーチ、厚いモールディングのアーチ、ジグザグパターンのアーチで装飾されています。
いくつかの迫石は、新しいものです。
2000年の最後の修復工事では、オリジナルと修復の区別を無視する形で修復が完了することとなった。

南側の持ち送りを六つご紹介します
南1は男性、南2は樽から飲む男性、南3は人魚だと思います。
南4は悪魔のような生き物、南5はフード付きのローブをまとって座る人物だと思います。
南6は悪魔のような生き物、南7はネコ科の動物だと思います。
高い芸術性には達していないが、持ち送りの彫刻は身廊の装飾を担当した職人たちとは別の集団が手がけたと考えられる。
彫られた人物の顔は突出した目玉が特徴的で、広がった髪や大きな耳を持ち、深いしわが刻まれている。こうした特徴は、ドゥラトン(Duratón)に影響を受けた建築群にも見られる。
イネス・ルイス・モンテホ(Inés Ruiz Montejo)は、この工房の進化と周辺の教会への影響を定義した。制作年代は、トゥルブエロ(Turrubuelo)の塔の碑文(1212年)から得られた参照情報に従い、13世紀の最初の3分の1前後の時期であることを示唆している。
Iglesia de Nuestra Señora de la Natividad o de la Virgen del Olmo。持ち送りが良いです。
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