ピエグロ=ラ=クラストル(Piégros-la-Clastre)

2023年9月23日(土)、三番目に訪れたのはPiégros-la-Clastre、ノートルダム教会(Église Notre-Dame)です。

ここは、柱頭彫刻がいいです。

目次

1. Piégros-la-Clastre へ .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 内観 .

1. Piégros-la-Clastre へ

ピエグロ=ラ=クラストル(Piégros-la-Clastre)は、フランスのオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏ドローム県にある村で、アヴィニョンの約85km北東、ヴァランスの約30km南東にあります。

南西側外観

教会のファサードの前の空間には、いくつものパラソルが広げられ、冷たい飲み物を楽しむ人たちがいました。

2. 概要

教会の外に案内板がありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

この教会は、元々は聖アウグスティヌス会修道士のための修道院(prieuré)であった。

1277年にサン・ルフ修道会(ordre de Saint-Ruf)の手に渡り、1304年にサント・クロワ小修道院(prieuré de Sainte Croix)に委託された。渓谷に位置するこの教会は、19世紀末にサン=タンドレ城の教会(église castrale Saint-André)が放棄されたため、教区教会となった。

この12世紀の教会は、二つの柱間を持つ単身廊から成り、西側の柱間は1860年代に増築されたものである。東側の柱間は、わずかに屈折しているが、12世紀のもので、内陣よりしばらく後に建てられた。この柱間は、鐘楼があったであろう内陣に面しているが、その鐘楼は下部だけが残っている。東側には半ドーム型の丸天井があり、半円形の後陣がある。ロマネスク様式の柱頭を持つ一連の円弧で飾られている。外側の19世紀のファサードは、礫石を規則正しく積み重ねたもので、北壁の一部と後陣だけがロマネスク様式である。

この後は、教会の中にあったリーフレットを引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

教会の外にあった案内板による平面図です。東が左です。

案内板より

身廊の第二柱間から東が12世紀、身廊の第一柱間から西が19世紀です。

では、見学しましょう。

4. 内観

教会の中に入ります。

聖アウグスティヌスの規則に従うサン・メダール修道院(monastère de Saint-Médard)については、多角形の後陣を持つ12世紀の教会の廃墟が、今も山の上に残っている。

この修道院は1165年の文献にしか出てこないが、それ以前に設立されたことは間違いない。それよりもずっと前に修道士たちは平野に下りてきて、ラ・クラストル(La Clastre)という、まさに修道院があることからその名がついた場所に教会を建てた。

修道士たちは夏をサン=メダール(Saint-Médard)で、冬をラ・クラストル(La Clastre)で過ごしたようだ。

修道士たちが冬を過ごした教会だったんですねえ。

身廊にて東を向く

勝利アーチの柱頭には、鳥や植物に囲まれた天使が描かれています。

聖域への入り口を見守る、2羽の鳥と葉に囲まれ翼を広げた2人の天使、おそらく動物界と植物界を守護していると思われる。

勝利アーチ北
勝利アーチ南

聖域に柱頭が6個あります。

向かって左からみます。

柱頭1:人の顔と編み模様、柱頭2:植物

柱頭1
柱頭2

柱頭3:鳥と葡萄の房、柱頭4:人の顔(修道士かも)

柱頭3
柱頭3(別角度)
柱頭4

柱頭5〜6:植物

柱頭5
柱頭6

後陣中央の窓には、アーチの下に持ち出しがあります。

後陣中央の窓
後陣中央の窓

ノートルダム教会(Église Notre-Dame)。柱頭彫刻がいいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です