アルサゴ・セプリオ(Arsago Seprio)

2023年9月7日(木)、最初に訪れたのは Arsago Seprio。サン・ヴィットーレ教会(Basilica di San Vittore)と洗礼堂(Battistero di San Giovanni)です。

ここは、洗礼堂内部のレンガを使った盲アーチがかわいくて、柱頭彫刻が素敵です。

2023年は月曜から金曜の8:00〜12:00、土曜日曜の8:00〜12:00と15:00〜19:00に開いていました。

目次

1. Arsago Seprio へ .
2. 概要 .
3. 平面図 .
4. 教会 .
5. 洗礼堂 .

1. Arsago Seprio へ

アルサゴ・セプリオ(Arsago Seprio)は、ミラノ・マルペンサ空港から北に約6km、ピエモンテ州との州境に近い町です。

北側外観

教会の北に車が2台停まっていたので、私はそれらの隣に停めました。すると、ひとりのシニョーレが話しかけてきたので、私は教会と洗礼堂を見学したいことを伝えました。

シニョーレは、私に教会と洗礼堂を案内してくれました。

2. 概要

洗礼堂の中にリーフレットがありました。私が一部を抜粋して太字で和訳します。

アルサゴは、新石器時代(紀元前3000年)から現在に至るまで、絶え間なく人類が存在した。ネクロポリスは、紀元前4世紀から1世紀にかけての生活を物語っている。また、異教の神々に捧げられたいくつかの碑文や、重要な宗教的役職に就いていた人々の存在によって、ローマ時代には礼拝の中心地であったことが証明されている。

これらのことは、ミラノ教区の創設(5世紀)を促進した。ローマとケルトの伝統に満ちたこの環境は、蛮族の移住の波にさらされ、6世紀にはロンゴバルド人の支配を受けた。

カロリング朝時代には、「デ・アルサゴ(de Arsago)」という有力な一族がこの地を治め、その一族は「アルノルフォ(Arnolfo)」という名前を好んで使っていた。アルノルフォ2世(Arnolfo II、998-1018)はミラノ司教となり、ランドルフォ(Landolfo、1002-1030)はブレシアの司教となった。

アルサゴは、カロリング朝時代のロンゴバルド貴族によって栄華を極めた。軍事的な建造物だけでなく、サン・ヴィットーレ教会やその鐘楼、洗礼堂などの宗教的な建造物も建設され、これらはロンゴバルド・ロマネスク様式の最も美しく重要な複合施設を構成している。

リーフレットは、具体的な建築年代を示していません。

この後は、ゾディアック(Zodiaque)la nuit des temps の『Lombardie romane』を引用する時に太字で書きます。

3. 平面図

ゾディアック(Zodiaque)la nuit des temps の『Lombardie romane』による平面図です。東が下です。

<教会>

ゾディアック(Zodiaque)より

<洗礼堂>

ゾディアック(Zodiaque)より

4. 教会

鐘楼は、興味深いことに、鐘が塔の上にむき出しで設置されています。

1872年、鐘の数を増やすために鐘の層が塞がれたが、スペースがなかったため、元の屋根を撤去してできたテラスの上に鐘が設置された。

苦肉の策だったわけですな。

かつて鐘があった位置には、M字形の低いアーチがあります。その下には(北側から見ると)、ノコギリの歯のようなフリーズや盲アーチによる三つの層があります。

このアンサンブルは、12世紀に建てられたミラノの鐘楼群に属する。

南東側外観

後陣の窓は、高い位置にだけあります。

東側外観

低い位置に窓がないのは、地下聖堂がないからですな。

教会の中に入りました。

角柱と円柱が交互に並んでいます。

身廊にて東を向く

多くの学者がアルサゴの年代測定という問題に魅了され、様々な仮説が提唱されてきた。
実際、”地元の”考古学者たちは8世紀と主張してきたが、石組みの丁寧さ、そして装飾モチーフの存在から、この年代は考えにくい。ポーターが提案した1130年という年代は、数十年先取りする傾向があるにせよ、私たちには、より理に適っているように思える。
しかし、正確な資料がないため常に疑問の余地を残すことになる年代決定以上に、この教会がミラノに確実に依存していることが、支柱の交互配置、後陣と窓のプロポーション、ヴォリュームの組み立てに表現される感性に表れていることは、興味深いことである。

シニョーレは「2018年に1000周年記念行事を行った」と言っていましたが、1018年がどういういわれのある年なのかは、わかりませんでした。

円柱の柱頭の一部は、ローマ時代のものの再利用です。

柱頭

円柱は細く、上の壁の重さに必死に耐えているように見える。しかし、これらの柱のほとんどはローマ時代のもので、柱頭の一部は再利用されており、壁の厚みと釣り合っていないのも説明がつく。

5. 洗礼堂

洗礼堂は、少しゆがんだ八角形。その上に円形の天蓋があります。

洗礼堂北側外観

洗礼盤。

案内をしてくれたシニョーレは「息子たちは、3人ともここで洗礼を受けました。もう50歳近いけど。」と微笑んでいました。

洗礼堂北扉口にて南を向く

上を向くと、マトロネウムがあります。

シニョーレによると、マトロネウムには柵などがなく、万が一にも人が落ちたら危険だということで立入禁止なのだそう。

円蓋には、南側に開口部がたくさんあります。

かつては、信者たちが復活祭の夜明けを感じていたのだと思います。

洗礼堂北扉口にて南上を向く

レンガを使った盲アーチがかわいい。そして、柱頭彫刻が素敵です。

洗礼堂の柱頭

鋭い牙と爪。

洗礼堂の柱頭

向かい合う鳥。

洗礼堂の柱頭

サン・ヴィットーレ教会(Basilica di San Vittore)と洗礼堂(Battistero di San Giovanni)。洗礼堂内部のレンガを使った盲アーチがかわいくて、柱頭彫刻が素敵です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です