ラ・シャペル=ス=デュン(La Chapelle-sous-Dun)

2018年9月の旅行十一日目の最後、四番目の目的地はLa Chapelle-sous-Dun。サン=ローラン=アン=ブリオネ(Saint-Laurent-en-Brionnais)から南東に約5km、車でわずか約10分の道のりです。

ここでの目的はノートル=ダム=ドゥ=ラソンプシオン礼拝堂(Chapelle Notre-Dame-de-l’Assomption)。

どうか対向車が来ませんようにと祈りながら細い山道をくねくねと登り、到着(幸い対向車は一台も来ませんでした)。

駐車場は見当たらず、少しだけ道幅が広そうな場所に路上駐車して、大急ぎで見学することに。

塔の上の、巨大な聖母像。

私の個人的な好みの問題ですが、やめといて欲しかった。それでなくても不自然な建物の構造でバランスが悪いのに。。。建物を一見すると、苦労してわざわざ来る感じじゃないです。

花でいっぱいの門があって、ここから入れます。

よく見ると、持ち送りが素晴らしい。

二人組み
動物
顔が壊れちゃってます
くちをあ~んぐり
くちがナナメっています
静かな面々
拡大。身近にいそうな感じで、親近感を持っちゃいます。
façade

山の下の田園風景がとても美しく、その風景から礼拝堂を振り向く動画をインスタグラムにアップしました。(リンクをクリックすると見られます)

さて、中に入ります。

柱頭が素晴らしい。

角度を変えて

リーフレットが置いてありました。それによると、12世紀前半に遡るロマネスク建築ですが、19世紀に身廊が取り壊されました。

1860年まで、 礼拝堂は古い歴史を持つ村の教区教会として人々の集まる場所でした。しかしその頃の建物は、傷んでいた上、19世紀初めからの炭鉱開発で人口が増加していたため、約半分の人数しか収容できませんでした。

一方、住民はこの古い礼拝堂が山の上の不便な立地であることを不満に思い、村の中心に教会が欲しいと考えていたことから、炭鉱から近い場所に新しい教会の建設が決定されました。

そして古い礼拝堂の身廊が取り壊され、ロマネスク建築が残るのはクワイヤ、後陣と鐘楼だけになったのです。近年、修築が行われて古い礼拝堂は再生しました。

よく考えたら、クワイヤや後陣が残ってるだけでも、御の字です。

鐘楼の下、南側
鐘楼の下、北側
後陣から西を向く

この時、ごっついおじいさんが花を運んで来ました。こんにちは、と挨拶しましたが、私を見て驚いた様子でした。まあねえ、こんなところに東洋人が一人でいたら、なんだ?って感じかも。

この古い礼拝堂が花で満たされているのは、こうした人が手入れをしているから。そして、クワイヤや後陣を見学できるのも、保存や修復工事のおかげ。

御の字どころか、大変ありがたいことです。

見学を終えて、車を反転させることができそうな場所まで、細い山道を登りました。

ほのぼの。

この日は早めに見学を終えて、町のスーパーで食べ物や土産を買いました。

大きいスーパーで、すぐそばにホームセンターやガススタンドもあります。初めて行くスーパーで勝手が分からないこともあって、ひどく時間がかかりましたが、ちゃんと買い物できて、Airbnbに戻りました。

十一日目(水)に訪問したのは四箇所。
47. キュルビニー(Curbigny)
48. ボワ=サント=マリー(Bois-Sainte-Marie)
49. サン=ローラン=アン=ブリオネ(Saint-Laurent-en-Brionnais)
50. ラ・シャペル=ス=デュン(La Chapelle-sous-Dun)

グーグルマップを編集して訪問番号を加えました。

この日も幸せな1日でした。やっぱりロマネスク巡り、良いわあ。

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