2018年9月の旅行三日目、二番目の目的地はDijon。スセ=シュル=ブリオンヌ(Soussey-sur-Brionne)から東に約50km、車で45分の道のりです。
目的はサン=ベニーニュ大聖堂(Cathédrale Saint-Bénigne)。
大聖堂の東にある時間貸駐車場が近くて安くて便利そうだったので、Parking DiviaPark Dauphine という駐車場に停車しました。
この時、既に12:00。
スセ=シュル=ブリオンヌ(Soussey-sur-Brionne)での礼拝堂訪問に相当の時間がかかった上、Dijonに来る途中の町のカフェでトイレ休憩して、時間を使ってしまいました。運がよければ11時頃にDijonに来られたらいいな、と思っていましたが、そんなに甘くない。
そもそも、このDijonに来るって言うのがスケジュール的に無理があったんです。Zodiaque を読んで、何とか地下聖堂(crypt)だけでも訪れたいと思ってしまい、旅程にねじ込んでしまいました。
ごちゃごちゃ言ってますが、要は、博物館(Musée archéologique de Dijon)とヌベール(Nevers)の見学をあきらめたって事です。両方とも高く評価されてるんですが。
現実的に判断すると、この日はもう、以下の五つのうち三つに行くのが精一杯。
① Dijon の大聖堂:ここまで来て、これは外せない。
② Dijon の考古学博物館:ロマネスクとそれ以前の美術や建築。
③ ソリュ(Saulieu):聖堂にロマネスク彫刻。
④ サン=レヴェリアン(Saint-Révérien):教会に美しい周歩廊とロマネスク彫刻。
⑤ ヌベール(Nevers):大聖堂と教会の二ヶ所、有名。
仕方なく、②と⑤をあきらめました。Dijon と Nevers は大きな町だから将来的に、もし車なしで旅行するときでも行く機会に恵まれるかも知れないし。
さあ、こうなったら、もう、Cathédrale Saint-Bénigne の crypt を満腹になるまで堪能するしかありません。
覚悟を決め、ねじり鉢巻をクッと締める気持ちで大聖堂の西側にあるfaçade に行きました。
痛いほどの強烈な日差しが照りつける中(もうね、私の滞在中ずっと最高気温は32度~33度という猛暑で、恐ろしいほどのカンカン照りで)。。。
なにこれ?
工事中でした。
こうなると、私はどこから入っていいか分からなくなるんです。
さんざん迷った挙句、façade の向かって左にある身障者用の出入り口から入りました。(後で、南portal が出入り口になっていたことを知りました。)
立派なゴシック様式です。
私は crypt を目指してまっしぐら。
上の写真の向かって右、内陣(presbytery)の南側に、この表示を見つけました。
この表示の西側に、葉書なんかが置いてあるカウンターがあります。
カウンターの前に行くと、近くに居たおばあさんがカウンターに戻ってきてくれました。
見学料を払うと、ペラ紙をくれました。
フロアプランは上が東、下が西です。
ここに書いてある「rotunda」は円形の建築物のことで、ラテン語で「円形」を意味するロトゥンドゥス(rotundus)から派生しました。
英語でロタンダ(rotunda)、フランス語でロトンド(rotonde)、イタリア語でロトンダ(rotonda)、日本語で円形聖堂と呼ばれます。
同じ紙の反対側
このペラ紙と、ゾディアック(Zodiaque)la nuit des temps 『Bourgogne roman』やインターネットの情報から大聖堂の概要を書きます。
新石器時代から人が住んでいたようですが、ディジョンの歴史はローマ人によってつくられた都市 Castrum Divionense から始まります。1世紀の終わりにはローマ街道が通り、2世紀には既に市街地が繁栄していました。
この地にキリスト教を伝えて274年頃に殉教したと言われる聖ベニグヌス(フランス語名ベニーニュ)の石棺が礼拝堂に置かれ、6世紀にメロヴィング様式の教会ができたときには崇拝の対象になっていました。
869年にシャルル2世(禿頭王のシャルル)が教会の改築を署名。871年にベネディクト派修道院が創設されて877年に新しいカロリング様式の教会が完成し、修道院の建物が教会を囲んでいました。
およそ100年が過ぎた頃、クリュニーから他の修道士と共にグリエルモ・ヴォルピアーノがやってきます。グリエルモ・ヴォルピアーノはイタリアやフランスで数々の聖堂建築を手がけたイタリア人のベネディクト会修道士。990年にディジョンの大修道院長になり、1001年から1026年にかけて古い教会のあった場所に三階建ての円形聖堂(rotonde)を持つロマネスク様式の教会を完成させました。
しかし1137年と1271年の火事で甚大な被害があり、13世紀末から14世紀初めにかけてゴシック様式で再建されました。この時、火事を免れてロマネスク様式のまま残ったのは、わずかに rotonde と西portal だけ。
そして18世紀末のフランス革命時、かろうじて残っていた rotonde も portal も破壊されてしまいました。
ただ、三階建てのrotonde の一番下の階だけが残りました。現在、地下聖堂(crypt)と呼ばれている部分です。当初、この場所に教会ができた時は地上階でしたが、時の流れで地下になっていました。
フランス革命の時に埋められて、50年くらい忘れられていたのですが、1860年に再び日の目を見たというわけです。
さっき見たドアから入って、左を見ると、こんな表示がありました。
ペラ紙のフロアプランにある通り、現在、crypt へは南側の通路からアクセスします。(本来の入口は西側の身廊からですが、ここは未公開です。)
階段を降りて進むと、最初に見えるのがこれ。南通路です。
この柱頭彫刻、すごくかっこいい。しびれます。
上の写真を撮った場所で左に目をやると、鉄製の手すりの向こうに何かあります。
石棺の場所に来ました。色大理石による床は19世紀のものですが、オリジナルの舗装が見つかっています。
2世紀の石棺があります。ペラ紙のフロアプランで一番大きい黒い矢印が示すあたりの、二重の四角が描いてあるところです。
上の写真は、南通路から石棺ごしに北通路を見て撮った写真です。
石棺を正面に見ることができるよう、東に回り、西を向きました。
石棺に近づいて見ます。
石棺を囲む4本の石柱の周りに、さらにそれを囲む6本の石柱があります。
11世紀の柱頭彫刻が、すごい。
エゼキエルの幻視(旧約聖書の『エゼキエル書』から)
エゼキエルの幻視
鳥
石棺を背にして東の Mortuary Chapel の方向を見ると、こうです。
列柱の外側から。
rotonde には、すごく有名な柱頭彫刻があります。
両手を挙げて祈ってるポーズだそうですが、面白い図です。
顔に目鼻口がある方の、顔の下のタテ線は一体何だ?
顔に目鼻口がない方の、顔の二本線は一体何だ?
なぞです。
Mortuary Chapel を見ます。
立ち入り禁止なので格子の隙間でカメラを構えて、撮ってみました。
恐らく6世紀に遡る、大聖堂の中でも最も由緒ある場所です。
一番奥は聖母マリアに捧げられた礼拝堂で、手前の空間が洗礼者ヨハネに捧げられた礼拝堂だそうです。
引き続き格子の隙間でカメラを構えて撮った写真。
のぞいて右(南)を撮りました。
続いて、のぞいて左(北)を撮りました。
カロリング期(9世紀)の遺構とメロヴィング期(6世紀)の石棺らしい。
ふと rotonde を振り返ると、大きなカメラを携えた若い女性が、有名な、祈ってる格好の彫刻のあたりで熱心に写真を撮ってました。
応援したい気持ちになり、邪魔にならないよう北通路に移動しました。
北通路のはじっこで北壁を向いてパシャリ。柱頭彫刻があります。
柱頭彫刻が左に来るように、東を向いてパシャリ。正面の暗闇は小さい後陣の形になっています。
フロアプランでも分かるとおり、北通路は南通路の半分しか公開されていません。
未公開の部分(北通路や身廊)が気になります。私が生きているうちに、公開されると良いなあ。見てみたい。
最後に、南通路のカッコイイ柱頭彫刻。最初に見た時とは反対側(東側)からパシャリ。
上の写真を撮った位置の左(南方向)に、こんなのがあります。
もとの位置に戻って、カッコイイやつを拡大。
上のカッコイイやつの写真を撮った場所で少し右(北方向)に目をやると、こうなってて
さらに右を見ると、こうなってます。
拡大。
素朴な柱頭彫刻が実に魅力的でした。これにてcryptの見学、終了。
この時、13:00。
急いで次の目的地に行くつもりでしたが、駐車場に向かって歩いている途中で何とも良い香りがしてきて、猛烈な空腹感に襲われ、
食べちゃいました。
私は野菜のピザ€10、
夫はペンネ€10。
この他、サンベネデット(ガス入りミネラルウォーター)の大瓶一つ、€4。
一生懸命フランス語で注文しましたが、食べていると店の人(注文をとってくれた人)が隣のテーブルの人たちとイタリア語でおしゃべりしてるのが聞こえてきました。なんだ、イタリア語で大丈夫だったのね。
美食の町 Dijon に来て、なんでピザなんだ?とか。
次の目的地 Saulieu もミシュラン三ツ星で有名な町なのに、なんでここでピザなんだ?とか。きっと、お思いのことでしょう。グルメな皆様、ごめんなさい。
事ここに至っては、早いウマイを優先したんです。
飢えと渇きを即座に癒してくれた安くて美味しいピザ屋は、こちら。
Da Adriano Pizzeria e Trattoria
7 Rue Michelet, 21000 Dijon
身も心も満足して Dijon を出発しました。
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