カニグー(Canigou)<1>

2018年3月の旅行五日目。この日は、まずサン・マルタン・ドゥ・カニグー修道院に行きました。フランス語で Saint-Martin-du-Canigou、カタルーニャ語 だと Sant Martí del Canigó と言うそうです。

ここは修道士による案内でのみ見学を受け付けていて、初回は朝10時です。朝一番を目指して Perpignan の部屋を8時過ぎに出ました。早いわあ。

まず Perpignan から Casteil まで約60kmの道のりを車で60分かけて移動。Casteil  の駐車場に車を止め、そこから徒歩30~40分の登山です。

Casteil で車を停めると、山道の真ん中で行きたくなったら困りますんで、念の為にトイレを借りたいと思いましたが、朝9時前に営業している店はありませんでした。オフシーズンだったせいもあるのかな。しょうがない、つっきるか。と覚悟を決めて登り始めました。

道中、ああ疲れた、と思うあたりで修道院に関する表示があって「そうよ、ここに行くのよ」と気持ちを奮い立たせることができます。

さらに、道中には小さくて古い素朴な教会もあります。私は、こういう素朴なの好きです。

サン・マルタン・ル・ヴュー 教会。フランス語で St-Martin-le-Vieux、カタルーニャ語だと Sant Martí el Vell らしい。記録が無いために詳細は分からないけど、山の上の修道院の周りは岩場ばかりで墓所に適さないので、この教会を遺体を葬る目的で葬儀用に使っていたんじゃないか、と言われています。遠くに雪山が見えます。眺めが良い。

それにしても、まだかいな。と思いながら歩き続けると、ようやく、着きました。

View Point があるので、さらに少し登ります。朝日に照らされる修道院。

ここで少しの間のんびりと、太陽が昇って光が当たる範囲が広がる様子を見ていました。

そろそろ10時という頃、受付に行くと、案内役の背の高い修道士さんと男女のカップル1組が居ました。一緒にツアーするメンバーです。

修道士さんは「彼ら(カップル)にはフランス語で案内します。あなた(私)には、なるべく英語で案内しますが、良かったら、こちらをどうぞ。帰りに返してくださいね。」と言いながら、ラミネート加工された各国語版の案内シートの棚を見せてくれました。英語版はもちろんのこと、なんと日本語版がありました。

その時は、こんな山の上で日本語、すごい!と驚きましたが、後でよく考えてみると、ここ、けっこう観光スポットとして人気らしいから、そんなに驚くことでもないのかも。日本の旅行ガイド本にも載ってるし。

ツアーの前に修道士さんが言うには、現在15人が、ここで祈りを捧げる生活を送っていて、ご自身も、その修道士の一人なんですと。そっか、ここ人気の観光スポットだけど、現役の修道院ですもんね。

そして、注意事項も。写真撮影は基本的に自由だけど教会の中だけは禁止なこと、修道士さんの側を離れないこと、の二点だって。

さて、ツアー最初は、入り口にある聖マルティヌスの像を見ながら、この修道院の名前のもとになった聖人が、こんな風に偉かったという話。

西暦330年ごろ、ローマ軍の仕官だったマルティヌスは、ガリアのアミアンに派遣されていました。とても寒い晩、半裸で震えている物乞いを見て、気の毒に思ったマルティヌスは自分のマントを半分に切り裂き、物乞いにかけてやりました。イエスの言葉「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」(マタイによる福音書25章40節)を実行したんです。やがてキリスト教徒になったマルティヌスは除隊。その後、ガリア地方初の修道院をリグジェ(Ligugé)に設立し、トゥール(Tours)の司教になりました。田舎に福音を伝道し、小教区を設立するなど、ガリア地方の布教者として初期キリスト教時代の信仰に決定的な影響を与えました。

馬上でマントを切ってる人の図を見かけたら、聖マルティヌスの可能性大かも。

修道院に入ると、最初に見るのがこちらです。

「お聞きなさい。神は静寂の中で話されます」だそうで。お静かに願いますってのを、おしゃれに伝えてくれます。

この「お聞きなさい」の裏側の壁に、壊れていた時代の修道院の写真が掲示してありました。

なんでも、この修道院は1000年頃にベネディクト派の修道院として建設が始まり、1009年に聖別されました。その後、長く修道院として大切にされたんですが、1783年に最後の5人の修道士が退去して公式に閉鎖されると、略奪も起き、あっという間に廃墟になったんだそうです。

1886年にカタルーニャの詩人 Jacint Verdaguer の叙事詩「Canigó」が出て修道院が注目されると、1902年にペルピニャン・エルヌの司教(bishop)が廃墟を買い取って第一回の修復工事を始め、1952年からはベネディクト派修道士(monk)の手で第二回目の修復工事が行われました。ですって。

カタルーニャの詩人、すごい。
詩が、人を動かしちゃうんですねえ。

なんて話を聞きつつ、、、実は、壊れてた時代の写真が掲示してある場所って、回廊(cloister)なんです。しかも、中庭を見てキレイ!と心を踊らせ、反対側の崖の絶景を見て、おお!って感動してしまうとこ。やばいです。

回廊は最初、11世紀に造られました。石造りの装飾アーケードがヴォールトを支えるものです。そして12世紀末から13世紀初めにかけて回廊の上に別の回廊が造られました。そちらの回廊にはテラスが残るのみです。

墓石がはめ込まれています。かつては地下聖堂で13世紀と14世紀の大修道院長(abbot)の墓を覆っていました。

中庭、美しい。回廊には通路の他、修道士がこの世と断絶し神に身を委ねて人類全体の救いのために赦しを請う場所、という役割があります。中庭は、天国を象徴します。すごく大事な場所ってわけで。。。

回廊から絶壁の方に続いていた建物は崩壊して、今はハーブ園になっています。ハーブ園に立って中庭の方向を撮った写真。

回廊から絶壁を見ると、遠くに雪山が見えます。そして手前に柱頭彫刻が。。。この柱頭彫刻が素晴らしかった!夢中で写真を撮りました。

次回、柱頭彫刻特集します。

“カニグー(Canigou)<1>” への2件の返信

  1. ランキングからきましたtakeshiです。
    丘の絶壁に建てられている教会。
    写真で見ても素敵ですが、生で見てみたくなりました。
    といも素晴らしい写真ですね。
    また、訪問させて頂きます。

    1. takeshiさん、ご訪問ありがとうございます!
      コメントいただけて、とてもうれしいです。
      ぜひ、生で。朝一番が最高です。混まないし、空気がきれいです。
      この修道院の周りには他にもオススメの場所が沢山あります。
      魅力をお伝えできれば幸いです。

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